蝉時雨が降り注ぐ7月29日午後、その男性は、緑豊かな区立公園に隣接する住宅街を訪れた。
「あの時と変わってないな」と呟き、今は家主が替わった2階建ての古びた一軒家を見上げる。この地を最後に訪れてから20年の歳月が流れていた。
「真相を知る当事者は俺しかいない」
「冥福を祈りたい」
そう言うと、住宅に向かって20秒間手を合わせ、深く一礼するのだった。
「種雄の事件は墓場まで持っていこうと決めていました。そのため、今まで文春やテレビ局の記者が訪ねてきても、お断りしてきたのです。
今回、取材を受けることを決断した理由の1つは、事件から20年の節目を迎えたことです。俺も歳を取りました。いつか人間は死ぬ。事件をこのまま闇に葬っていいのか。そんな思いが募ってきたのです。ご遺族はいまだに苦しみ、納骨すらできていないと聞きました。真相を知る当事者は俺しかいない。俺が死んだら迷宮入りですから」
深く息を吸い込むと、一気に話し始める。
「法治国家において、事件の捜査が1人の政治家の権力に影響を受けることがあってはいけないでしょう。俺ができるのは、自分が見聞きしたすべてを語ること。あの夜に体験した出来事を正直にお話ししたい」
そう語ると、自らの右肩に入ったタトゥーに目を落とす。そこには、かつての盟友に対する哀惜の念が刻まれていた。
〈Rest in peace For Taneo(種雄よ、安らかに眠れ)〉
「週刊文春」がいわゆる「木原事件」を初めて報じたのは、今から約3年前の2023年7月6日発売号だ。
〈岸田最側近 木原副長官衝撃音声「俺がいないと妻がすぐ連行される」〉と題した記事は、自民党の木原誠二官房副長官(当時)の妻・X子さんが、元夫の不審死を巡り、重要参考人として事情聴取を受けたことを明らかにしたものだ。
木原氏の政治権力が、妻であるX子さんの捜査に影響を与えたのではないか――。
計16回にのぼった「木原事件」を巡る連載記事における、「週刊文春」の一貫した問題意識である。

