やないまさかず/1975年、福岡県生まれ。熊本大学理学部卒業。クロノス・クラウン合同会社代表社員。ゲームやアプリケーションの開発、プログラミング系技術書や記事の執筆を行う。『マンガでわかるJavaScript』等技術書の著書多数。本作で小説家デビュー。

プログラマーによるプログラマー小説が誕生した。今年度の松本清張賞で受賞作と競り合った『裏切りのプログラム ハッカー探偵 鹿敷堂桂馬』だ。

「20代で自分の会社を創り、苦しい時期もあったのですが、誘われて携帯電話のi-mode用のゲームを開発したらライセンス料で暮らせるようになり、暇になりました」

 30歳手前頃から小説を書き始める。ファンタジー、ホラー、ミステリー、ライトノベルとジャンルを問わず新人賞に応募を続け、投稿歴は10年を超える。

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 晴れてデビューの運びとなった本作は熾烈なIT業界が舞台だ。男勝りで「呂布(りょふ)」と渾名される安藤裕美(ひろみ)は、人材紹介会社でエンジニアの転職を斡旋している。優秀な技術者が自己アピール力が低いばかりに、企業の人事担当者にハネられていく現状を憂え、採用現場と求職者を直につなぐビジネスを手掛ける会社「コードエージェント」を立ち上げた。謎の大金持・東城院加奈子をパトロネスに、事業は順調に発進するが……。

 好きな作家は司馬遼太郎。100冊以上は読んだ。塩野七生の歴史物もよく読む。そういえば裕美の腹心・三木原百合の「来週、勝利の祝杯を挙げましょう」という台詞など、登場人物たち、特に女性陣の口調はどこか武将風だ。

「IT業界の女性は大抵あんな感じです。身の周りの人たちを描いたんです」

 大学時代の専攻は生物科学。胚分割の際の電気的作用について研究していた。

「研究室の先生がコンピューターに詳しくて、直接に色々教わりました」

 講義ではなく、知りたいことを教師から直に吸収して成長していく、という点は、この小説の主要人物の青春時代に重なる。

 作中、採用企業の現場技術者が作成した課題を求職側の技術者が解く、という「コードエージェント」のやり方は、実在の会社をモデルにしている。

「僕はそこに頼まれて問題を作って採点していたんです。同じ課題に対し何百種類ものコードが寄せられました」

 本作に登場する若い技術者たちは「世のため人のために働きたい」という志を持っている。その純粋さがつけ入られて事件が起きる。

「自分の仕事を人類の進歩のために提供したい、無償でも公開したい、という倫理観はIT業界特有のものかもしれませんね」

 常識はずれの素敵なメンツに是非次作でもお目にかかりたい。

安藤裕美は、内向的だが能力は高いプログラマーと、優秀な技術者を探す企業の現場をつなぐ転職斡旋会社を立ち上げる。事業は順調に発展するが、あるプログラマーが採用先で脅迫事件を起こす。後援者から紹介された鹿敷堂桂馬というフリーランスのプログラマーを助っ人に、行方知れずの犯罪者を追いかけるが。

裏切りのプログラム ハッカー探偵 鹿敷堂桂馬

柳井 政和(著)

文藝春秋
2016年8月27日 発売

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