又吉直樹さんが、『夜を乗り越える』を刊行した。小学館よしもと新書のシリーズ1冊目の本書は、又吉さんが、ふだんあまり本を読まない人に向けて、読書のたのしさを訴えた本だ。
「本好きってお互いに“その読み方は間違ってる”と言い合うのが好きですよね。それはそれで良いのですが、はじめて文学作品に触れる中学生にその温度でぶつけたら、“それならやめとこ”ってなりますよね。文学好きだけでどんどん濃度を上げる悪循環がこれまでくり返されてきたんじゃないかと思うんです。文学って難しいんやろ、って言う人は多いのですが、そうじゃないんですよ、と言いたくて。コアな人だけでなく、いろんなお客さんが入ってきてくれた方が、文学の世界ももっと面白くなります」
本書では、一読書家のケースとして、又吉さんの生い立ちからはじまり、どれだけ本に助けられたか、実感をもって語られる。
「東京に出てきて安定して仕事が入るまで、ひたすら本を読んでいました。お笑い芸人として生きていくなんて、大それた夢をもってしまったのではないかと、将来への不安を強く感じる夜もありました。そんな時に小説を読んでいると、覚悟のようなものが湧いてくるのを感じたんです。作家も一握り以外、みんな生活に苦しんでいました。僕の好きな太宰治にしても、晩年になるまで売れていない。自分の生きる道にそんなに悩まなくていいのでは、という気持ちになれました」
又吉さんは、作品を再読することも大切だと説く。難しい小説でも、時を置いて読めば、判ってくることも多いという。
「僕は他の人のお笑いでも、判らないものは録画して、どのポイントが面白いのか判るまで、くり返して見ます。面白くないのは、いまの自分の理解力が届かないだけかもしれない。
昔、父親が晩酌で食べていた“イカサシにワサビ醤油”という組み合わせが、幼い時分には理解できませんでした。いまイカサシにワサビ入れなかったら、物足りない気持ちになります。大人になって、良さが判るようになったんです。
芥川龍之介や太宰治の小説にしても中学時代に読んで、その後読み返す人は少ないですが、その頃読んで全部判る、なんてことはありません。中学時代にぼやけていたところが、大人になって色々と世間を知ったことで、見えてくる。読みかえしたほうが、絶対面白いんです。騙されたと思って再読してみてください」
ヒットした『火花』は、この6月に動画配信サービスNetflixのオリジナルドラマになり、190カ国に同時配信されている。
「各回45分前後で全10話という結構長いドラマですから、どうするんだろうと思っていましたが、廣木隆一さん(総監督)はじめ皆さん、原作をしっかり読んでくださって僕が書いていない部分も丁寧に補っています。このドラマを入り口にして、また僕の小説を買ってくださると嬉しいです」
すでに原作小説『火花』は250万部に達するが、
「街中で、“まだ読んでないけど、今度読みます”って声かけてくるおばちゃんにも、ぜひ手にとって欲しいんです(笑)」
「なぜ本を読むのか?」。少年期から個人的な喜びとして小説を読んできた又吉直樹が、自身の半生に読書がもたらした影響、そしてこれまで読んできた近代、現代文学の作品を通して、「文学の何が面白いのか」を真摯に語る。『火花』創作にまつわる初公開エピソードなども収録する、著者初の新書。