「執筆中は、若きゲバラと一緒に南米を旅しているような感覚でした。ストーリーをあえて史実と変えたところもありますが、描いているゲバラの“気持ち”は実際とさほど違っていないと思う。それは私がゲバラと同じ土地を旅し、風景を見、確信を持って書いているからです。天国のゲバラには『とんでもない!』と怒られるかもしれないけど(笑)」
『チーム・バチスタ』シリーズで知られる著者の新刊は、キューバ革命の英雄チェ・ゲバラを描く大河小説(本書はその1冊目となる青春編だ)。かねて同じ医師であるゲバラには関心を持っていたという海堂さんだが、執筆へと背中を押したのは、5年前、NHKの取材で訪れたキューバでの体験だった。
「ツアーでは行けないところを訪ねようと思い、ゲバラの足跡を追う旅をしたいと提案しました。革命を志したカストロやゲバラたちは、メキシコから船に乗ってキューバを目指します。実際に彼らが上陸したラス・コロラダスの海岸を訪れると、今ではマングローブ林の中に白い道が整備されていて、ゲバラたちの上陸ルートをたどることができる。その道を歩いている時、ふと、『これは物語が書ける!』と天啓のように閃いたのです」
たちまち旅の最中に短編を書きあげた海堂さんは、当初、キューバ革命をテーマに短編を4、5本書き、1冊の本にまとめようと考えた。ところが、その序章となるべき青年期のゲバラを書き進めるうち、どんどん原稿がふくらんで、「これは自分なりのキューバ革命通史を書くしかない」と決断するに至ったという。
わずかな期間で渉猟したゲバラやカストロ関係の資料は、現在手もとにあるだけで約700冊。同時に、海堂さんは、アルゼンチン、ボリビア、メキシコ、コロンビア、エクアドル、ペルー、チリ……と、若きゲバラが訪れたほぼすべての国々を踏破し、取材した。
本書には、後のアルゼンチン大統領ペロンやその妻エビータ(作中ではジャスミン)など、南米史を理解するのに欠かせない歴史上の重要人物が多数登場。ゲバラと彼らのやりとりを楽しんでいるうちに、自然と当時の政治情勢が頭に入ってくるように工夫もされている。革命家の若き日を描く青春小説であるとともに、格好の中南米史入門書にもなっているのだ。
「書いている間は、1950年代の中南米に身も心も置いていました。若き医学生だったゲバラは、友人とバイクに乗って知らない国を旅し、土地の人々と交わりながら南米の歴史や政治状況を理解していきます。これは、私自身が取材旅行をしながら南米について学んでいったプロセスと重なるのです。単なる知識の羅列ではなく、ゲバラが生きていた時代の雰囲気ごと伝える小説にしているつもりなので、読者の皆さんにも南米の国々に親しんでもらえたら嬉しいですね」
何より無鉄砲で恋多き(時には人妻と密通しかけて袋叩きに!)ゲバラ青年の道行きから目が離せないが、
「彼がチリで人妻に手を出そうとしたのは事実のようですし、私がキューバを取材した時にも、ゲバラに口説かれたという女性がたくさんいた(笑)。考えてみたら、女性にモテない男に革命などできるわけないので、決して突飛なゲバラ像ではありません。今後は、ストイックな英雄像に縛られて窮屈になっていくゲバラも書いていくことになるでしょう」
いまだカリスマ的人気を誇るキューバ革命の英雄チェ・ゲバラ。来年、没後50年を迎える革命家の生涯に迫る大河小説の刊行が始まった。ブエノス大学で学ぶ若き医学生ゲバラはいかにして革命家へと成長してゆくのか? 後のアルゼンチン大統領ペロンとの交流、親友との南米縦断バイク旅行などを描いた第1巻。