恋愛、セックス、買物、ゲーム、SNS、酒、ギャンブル、薬物……現代社会では、私たちが“依存”に陥る対象が数限りなくある。そして、人間の依存的な行動をコントロールしているのが「脳内快楽物質」ドーパミンだ。
ここでは、スタンフォード大学医学部教授で依存症医学の第一人者・アンナ・レンブケ氏の著書『ドーパミン中毒』(訳 恩蔵絢子、新潮新書)から一部を抜粋。人間の苦痛と快楽とを支配する「ドーパミン」のメカニズムを紹介する。(全2回の2回目/1回目から続く)
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神経伝達物質「ドーパミン」とは
過去50年から100年で、神経科学は生化学の発達、新しい脳計測技術の発達、計算生物学の誕生などを受けて大きく発達し、そうした中で脳の報酬処理に光が当てられるようになっていった。
ここで苦痛と快楽とを支配するメカニズムを説明し、なぜ快楽を求めすぎると苦痛につながるのか、どのように快楽が苦痛に変わるのか、新しい理解が得られるようにしてみよう。
脳内で主要な機能を担う細胞は「ニューロン(神経細胞)」と呼ばれる。ニューロン同士はシナプスと呼ばれる場所で電気信号と神経伝達物質を使ってやりとりをしている。
神経伝達物質は野球をイメージするとわかりやすい。シナプス前側のニューロンがピッチャーで、シナプス後ろ側のニューロンがキャッチャーだ。ピッチャーとキャッチャーの間にシナプス間隙がある。ピッチャーとキャッチャーの間で投げられるボールのように、神経伝達物質がニューロン同士の間を橋渡しする。脳の中を走る電気信号を調整する化学的なメッセンジャーが神経伝達物質なのである。
神経伝達物質はたくさんあるのだが、今はその1つ、ドーパミンに焦点を当てよう。
ドーパミンは1957年に初めて人間の脳内の神経伝達物質として確認された。2人の科学者が別々に研究していて発見した。スウェーデンのルンドにいたアルヴィド・カールソンとそのチーム、そしてロンドン郊外に拠点を置いていたキャサリン・モンタギューである。カールソンはその後ノーベル医学・生理学賞を受賞している。
ドーパミンは報酬処理に関わる唯一の神経伝達物質ではないが、最も重要なものの1つだ。ドーパミンは報酬が得られたことの快楽というより、報酬を得ようとする動機の方に重要な役割があると思われる。「好き」というより「欲しい」に関係しているのである。
ドーパミンを作れないように遺伝子組み換えされたマウスは食べ物を求めようとせず、口元に食べ物がある状況ですら餓死してしまう。しかし食べ物を直接口の中に入れられればそれを噛み、食する。その時は美味しく食べているように見える。
動機と快楽の違いについて議論はあるものの、ドーパミンはあらゆるドラッグの潜在的な依存性を測るために使われる。あるドラッグを使うことで脳内の報酬回路——腹側被蓋野(ふくそくひがいや)と側坐核(そくざかく)と前頭前野(ぜんとうぜんや)をつなぐ回路——にドーパミンが放出されればされるほど、また放出が早ければ早いほど、そのドラッグは依存性が高いと考えられる。