恋愛、セックス、買物、ゲーム、SNS、酒、ギャンブル、薬物……現代社会では、私たちが“依存”に陥る対象が数限りなくある。そして、人間の依存的な行動をコントロールしているのが「脳内快楽物質」ドーパミンだ。

 ここでは、スタンフォード大学医学部教授で依存症医学の第一人者・アンナ・レンブケ氏の著書『ドーパミン中毒』(訳 恩蔵絢子、新潮新書)から一部を抜粋。セックス依存症の男性が打ち明けた“苦悩”を紹介する。(全2回の1回目/2回目に続く

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セックス依存症の男性が打ち明けた悩み

 私はジェイコブに顔を向け、はじめの一歩を踏み出した。「私にどうしてほしいですか?」

 長い年月にわたり自分で開発してきたはじめ方として、これ以外に「なぜここに来たのか教えてください」「今日は何があってここに来ることになったんですか?」などと言うこともある。また「どんなことでもいいから、とにかく最初から話してください」と言うこともある。

 ジェイコブは私をじっと見つめた。そして「私が望んでいますのは」と強い東欧訛りで言った。「先生が男性であることです」

 私はその言葉で、これからセックスの話になるだろうと悟った。

「なぜですか?」と気付かないふりをして聞いてみた。

「女の人のあなたには難しいと思うからです。私の問題を聞くのが」

「私は今までに人間が聞く可能性のある話は大体聞いてきたと思います」

「ではわかるでしょうか」彼は言い淀んで、恥ずかしそうに私を見て言った。「私はセックス依存症なのです」

 私はうなずき、椅子にしっかり腰を落ち着けて言った。「続けてください」

 患者は誰もが未開封の郵便物であり、未読の小説であり、未踏の地である。ある患者がロッククライミングをするとどんな感じがするか言葉で描写してくれたことがある。岩壁にいるときには、一本一本の手指と足の爪先(つまさき)を、次にどこに置くかという有限の意思決定と、無限に続く岩肌以外には何も存在しなくなるそうだ。

 心理療法の実践は、ロッククライミングとさほど違わない。話の中に没入する。そこには誰かが語り、語り直す話があるだけで、他のものは消え去ってしまう。

 私は人間の苦悩の物語をいろいろなバリエーションで聞いてきた。しかしジェイコブの物語にはショックを受けた。私の気持ちを一番乱したのは、今私たちが生きている世界、子供たちに残そうとしているこの世界に対して、彼の話が暗示する内容だった。