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快楽主義が「無快感症」を生む

 神経科学者のノーラ・ボルコウらは高ドーパミン物質を大量に、長期間摂取すると、最終的に脳がドーパミン欠乏状態になることを示した。

 ボルコウは薬物依存症のさまざまな人たちが、薬物使用をやめて2週間たった時の脳と、健康な人たちの脳とを比較してドーパミン伝達を調べた。それらの脳画像は、違いが際立っていた。健康な被験者の脳画像ではインゲン豆の形をした、報酬や動機に関係する脳部位が鮮やかな赤に点灯した。

 つまり、神経伝達物質ドーパミンの働きが盛んだということである。一方、依存症で実験の2週間前に使用をやめたという被験者の脳画像では、同じインゲン豆形の脳部位がほとんど赤くならなかった。つまり、ほとんどドーパミン伝達が起こっていなかったのである。

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 ボルコウ博士らはこう書いている。「薬物乱用者においては、ドーパミン放出が減少するとともにドーパミン受容体D2も減少することから、自然な報酬刺激への報酬回路の感受性が低下する」。一度これが起こると、何があってももう喜べなくなってしまう。

 言い換えれば、チーム「ドーパミン」の選手たちは、ボールとグローブを持って家に帰ってしまうということである。

 約2年間衝動的に恋愛小説を貪って、私はついに、もう楽しめる本が見つからないという状態に辿り着いた。それは、小説を読んで快楽を得る回路が酷使され、燃え尽き症候群になってしまい、もうどんな小説でもその回路を蘇らせることはできないというような状態だった。

 快楽主義、つまり快楽のために快楽を追求するということが「無快感症」、つまりどんな快楽も感じられなくなる状態に至らしめるというのはなんという皮肉だろう。読書は私にとって喜びを得、現実から逃避できる一番の手段だったから、もう読書が効かなくなってしまったというのはたいへんなショックで辛かった。しかし、それでもまだ読書を捨てることはできなかった。

 依存症のある患者の話を聞いていると、ドラッグがもう効かないというポイントにどう辿り着くかがよくわかる。彼ら/彼女らはもう全然ハイになれないのだ。それでも、ドラッグを摂らなければただ惨めになるだけである。依存性のある物質が引き起こす禁断症状として典型的なものは不安、過敏症、不眠症、身体的違和感だ。

 快楽と苦痛のシーソーが苦痛の側へ傾いていることが、ある程度長い期間、薬を断っていたとしてもまた手を出してしまう原因だ。苦痛の側へシーソーが傾くと、ただ普通の状態になりたい(水平状態を取り戻す)ためにドラッグが猛烈に欲しくなるのだ。

 神経科学者ジョージ・クーブはこの現象を「不快感による再発」と呼んでいる。再び使用するようになるのは快楽を求めるためではなく、長く摂取しないでいたことによる身体的、心理的苦痛を和らげたいという欲求によるということである。

ドーパミン中毒』(新潮新書)

 ただこれも言っておこう。充分に長く待てば、脳は(通常は)ドラッグがもう来ないことに再適応し、元のホメオスタシスを取り戻すことができる。シーソーが水平に戻るのである。水平になれば再び、日常のシンプルな報酬に喜びを感じられるようになる。散歩に出る喜び。日の出を見る喜び。友達との食事の楽しみ。それらに気付けるようになる。