『バテレンの世紀』(渡辺京二 著)――著者は語る
本作は、『逝きし世の面影』で知られる渡辺京二氏が、一五四三年のポルトガル人到来から一六三九年の「鎖国令」完成に至る約一世紀を描いたもの。十年にわたる連載が元で四八〇頁にも及ぶ大著だが、滑らかな叙述で飽きることがない。
「和辻哲郎の『鎖国』は名著ですが、戦後、飛躍的に進んだキリシタン史研究を踏まえた一般向けの通史がない。そこで自分で書いてみようと。『日本近世の起源』の執筆で宣教師の日本観察記の面白さに惹かれたということもありました」
本作を読むと、歴史はエピソードによってこそ甦ることを実感する。そしてキリスト教伝来、天下統一、朝鮮出兵、日本人の海外進出などがすべて「同時代の出来事」だったことが分かる。しかもそれは「世界史」の一部でもあった。
「日本に到来したポルトガル人の眼中に日本はなかった。黄金のジパングという伝説に対する関心もない。中国海民と一体となって密貿易や海賊行為をするなかで日本に到達したのです。中国の絹を日本の銀と交換すれば大儲けできる、と」
「インド洋交易圏こそ世界経済の中心で、アジアの側に喜望峰を回る動機はない。絹、綿織物、陶磁器、香料といった花形商品はすべて東から西に流れた。他方、ヨーロッパには、インド洋交易圏と直結すべくイスラム世界の背後に回りたい、という動機があった。しかし売る物がない。そこで新大陸の銀が活用され、同じ理由で日本の銀が重宝されたのです」
興味深いのは、日本が執拗に生糸を求めていたことだ。貿易相手がポルトガルからオランダに替わる際も、唯一の関心は、生糸輸入を継続できるか、だった。
「貧富を問わず、絹という贅沢品を皆がこれだけ欲したのは印象的です。戦乱の世から織豊時代、徳川時代と移るなかで、日本は急速に豊かになったのです」
だが、西洋との濃密な接触も、キリスト教禁教を目的とする「鎖国」によって幕を閉じる。しかし、仮に禁教せずとも、結局、キリスト教信者は一割程度に留まったのではないか、と渡辺氏は言う。
「豊かになるなかで、まるで戦後の復興のように、世俗化が急速に進みました。徳川期は、死も冗談の種にできるほど『この世』の暮らしを謳歌していたのです」
本書を通読して伝わってくるのは、「当時の日本人は何ら劣等感を感じておらず、西洋人も絶対的な優越感を抱いていたわけではない」という、ファーストコンタクト(バテレンの世紀)とセカンドコンタクト(黒船来航)の根本的違いだ。