文春オンライン

「クラブシーンの仕掛け人」が切り盛りする“朝食専門店”の謎

各駅停車パンの旅 渋谷編

2018/01/27
note

 ぜんぶアルファベット、日本語はない。まるでNYにあるダイナー風の外観。昨年、山手通り沿いに突如出現した謎の朝食専門店「BREAKFAST CLUB」。

ダイナー風の外観。デザインは野村訓市氏による

 名物はサンドイッチ。落ぶれた料理人がサンドイッチ屋台で人気シェフの座を奪い返す痛快映画「シェフ」に登場するキューバンサンドイッチが完璧に再現されている。

 ローストポークとハムとが織りなすミルフィーユ。豚肉からは獣の香りにつづいて、フルーティな甘さやスパイシーさが二重三重に飛び出してくる。BEAVER BREADによるキューバパンはバゲットのような味わいの密度がありながら、ばつっと爽快にかみ切れる。チェダーチーズがとろけ、ピクルスの酸味が押し寄せるとき、快楽は最高潮に達する。

ADVERTISEMENT

キューバンサンドイッチ

店主はかつて夜の世界で知られた「顔」

 女性店主・塩井るりさんは、かつて夜の世界で知られた「顔」。彼女はなぜサンドイッチを作るようになったのか。

 時代のクラブシーンを象徴する場所に彼女は携わってきた。80年代バブル期、マハラジャやジュリアナ東京と並び称された芝浦「GOLD」では企画担当として、90年代ポストバブル期の恵比寿「みるく」ではクリエイティブ・ディレクターとして。みるくはライブハウスではなく、ロッククラブという新しいカルチャーで注目を浴びた。

「NYにライブハウスはありません。ロッククラブには、ラウンジやでっかいバーがあり、踊ったり、お酒を飲んだりできる。日本のライブハウスは、アーティストはチケットを自分で売らないといけないし、酒はまずいし。なんじゃこりゃ? って思いました」

店主の塩井るりさん

 彼女は若き日をNYで過ごした。「脱出願望から」10代でNYへバレエ留学すると、ひょんなことからミュージシャンに。

「バンドのバックコーラスをしてたとき、ベースの人がリーダーともめてクビになった。『来週のショーはおまえがベースやれ』。やるしかない。表現したいというパッションでしょうね」

 それまで一度も本格的に楽器を演奏したことのなかった彼女が、なぜかベースを弾いた。

 70年代終わりのNYでは、パンクやニューウェーブに代わって「NYダウンタウンシーン」が到来。ノイズや即興など常識破りのパフォーマンスが繰り返されていた。

「楽器もできない人が音楽やってた。ジョン・ゾーン(NYダウンタウンシーンの牽引者)にすごく影響を受けて、彼のレコードで奇声を発してました」

アメリカ映画のワンシーンがフラッシュバックするような店内

 モリイクエ(伝説のバンド『DNA』をアート・リンゼイと結成)と、日本人2人で組んだバンド名が『トウバンジャン』というのも笑えるエピソードだ。