「固定観念」を持たず、「変化」を楽しむ
取材の冒頭で「メーカーとしてのこだわり」を尋ねたときのことだ。鈴木氏は少し間を置きながら、こう答えた。
「言ってみれば『こだわらない』ことがこだわり……ですかね(笑)。固定観念は持たないように。選手からの意見を『いやいや、グラブはこういうものだから』と突っぱねてしまうと、その時点でメーカーも選手も成長が止まってしまう。意見をもらったら、とりあえずやってみる。変化を恐れないというのがこだわりですね」
固定観念に縛られない。この考えは海外に生産拠点を設ける際にも如実に表れた。グラブの製造国としては馴染みの薄い韓国を選んだのだ。
「韓国ともう一か国にサンプルを作ってもらったんです。そこは韓国と違って、グラブ製造では有名な国。当然出来上がったグラブはそっちの国の方が圧倒的に整っている。反対に韓国のグラブは完成度が低かった。でも、グラブから作った職人の思いや人間性が伝わってくるし、『良くなりそう』という予感もあった。それに韓国は野球が盛んな国。グラブの奥から野球が透けているような、野球が根付いている国で作りたいという思いもありました」
現在は一部の定番商品を韓国の職人が製造。鈴木氏との入念な打ち合わせと試行錯誤を重ね、「自信を持って出せます」というレベルに高めている。
数々の柔軟な発想を見せる一方、ブランドとして譲れないものもある。ユーザーが納得する「高い品質」を守り続けることだ。
アイピーセレクトは国内生産のグラブの場合、一般向けの商品も工程を分担することなく、職人一人一人が組み上げる。その高い品質は一般ユーザーの中でも話題になり、注文が殺到。2016年には生産ラインがパンクする事態が起きた。
「オーダーグラブはもちろん、カタログに載っている定番商品の製造も間に合わない状態になってしまって。ユーザーや小売店の方々から『どうなってるんだ!』というお叱りの電話が毎日鳴り止まない状況でした」
他の工場に外注したり、職人を雇えば急場を凌ぐことはできる。とにかく数を作れば、売上も伸びるだろう。けれども、品質を落とすことは絶対にしたくなかった。
「ただアイピーのラベルを貼りつけた商品ならいくらでも作れる。でも、お客さんが求めているのは良いもの、『本物』なんですよね。小売店の方にもウチの方針、ブランドのコンセプトを根気強く説明することで納得して頂きました」
約1年間、オーダーグラブの受注をストップし、定番品の制作に終始。2017年春から受付を再開したものの、1月あたりの受注数を限定する方式を採っている。その中でも「新しい職人と面接したり、色々進めています。同じ轍を踏んではいけないので」と、ここでも「変化」を厭わなかった。
「年月をつみ重ね、進化しつづける機能美」。アイピーセレクトが掲げるコンセプトだ。変化を恐れず、選手達と共に進化を続け、使うものの潜在能力を引き出していく。飽くなき挑戦の先で、選手とともにアイピーセレクトがどんな姿になっているか。今から楽しみでならない。
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