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 旦那の日記にはこう書いてあります。

《12月10日(木) ICUへ。ちなみは人工呼吸器を外したのでしゃべれるようになったが、出てくる言葉は「お母さん」と「わかんない」の2語のみ。それでも不思議なことに話が弾み、重症患者ばかりのICUでふたりでゲラゲラ笑ってしまう。右足は動かせるが、右手は難しいようだ。》

《12月13日(日) ちなみが私の言うことをある程度理解していることは間違いない。口に出すことができないだけだ。脳とは不思議なもので「えーとね」「ちょっと待って」「昨日」と言えるようになった。語彙が増えているのだ。》

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 12月15日に旦那が旧知の岸田秀先生(『ものぐさ精神分析』の著者。脳梗塞で開頭手術した経験あり)に出したメールが残っていました。

《手術は神業のようにうまくいったのですが、手術箇所とはまったく別のところが脳梗塞になり、左脳の4分の1がダメージをうけてしまいました。右半身(特に右手)と言語に障害が残っています。

実際の脳のMRI画像。中央に黒い空洞が……

 集中治療室に毎日面会に出かけていますが、私が自分を指さして「この人は誰?」とやると、彼女は「お母さん」と言います。昨日の段階で、語彙は「あのさ」「えーとね」「お母さん」「わかんない」「きのう」くらいです。

 しかし、その一方で彼女の表情や反応を見ると、私の話をほぼ完全に理解できているように感じます。コンピュータにたとえると、CPU(中央演算処理装置)は動いているけど、ハードディスクの辞書機能が壊れていてモニターに言葉を表示することができず、デフォルトの「お母さん」「わかんない」だけを繰り返しているような状態です。脳の不思議を改めて思い知りました。

 もっと不思議なのは、何を言っているのか全然わからない彼女との会話が、実におもしろいことです。集中治療室で、私ほど笑っている面会者は皆無でしょう。会話というのは、内容でするものではないのですね。まったく驚きました。》

手術から12日後の夫との会話

 手術から12日が経過した12月16日、旦那はなんと集中治療室にテープレコーダーを持ち込みました。こっそり録音した私と旦那の会話をご紹介しましょう。

手術前後の声が録音されたテープ

旦那 元気そうだね。顔色もよくてよかったじゃない。

 うん。

旦那 私が言っていること、わかる?

 うん。

旦那 (自分を指さして)この人は誰でしょう?

 わかんないから。

旦那 わかんない?

 お母さんはわかんないの。

旦那 相変わらずわかんないねえ(笑)。私が言ってることはわかってるんでしょ?

 そう。

旦那 でも、言葉に出ないのね。

 そうそう。