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「ダンゴ鼻が愛くるしい13歳」に見た“スター性”

「どこかチャラチャラとしていたり、アイドルにただ漠然と憧れている少年たちとは違い、『家族を食べさせたい』と強く願う滝沢少年に、ジャニー氏は心を掴まれたんです。当時はまだダンゴ鼻が愛くるしい13歳でしたが、少年から青年へと凛々しく成長したのはジャニーさんという第二の父に出会えたから」(同前)

 滝沢の入所で大きく変わったことがある。「ジャニーズJr.」の人気確立だ。ただの「デビュー組のバックダンサーたち」に留まらず、多くのファンがつきジュニアだけでのステージやテレビ番組が大人気となったのだ。

 その立役者は滝沢だと、多くの関係者は口を揃える。

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ジャニー氏 ©共同通信

「苦労人だったというのが大きいかもしれませんが、彼は天性のタレントであるのに、常に努力を続ける人なんです。番組の企画を相談したときに、瞬時に『こういうのどうでしょう』って出てくるのに、さらに翌日『昨日の夜また考えてたら、こういうのも思いつきました』なんてわざわざ連絡をくれる。芸能人でそんな人ほかにいませんよ」(テレビ局プロデューサー)

 ジュニアのリーダー的役割で、小学生からハタチを超えた面々を取りまとめた。年上で入所年次が上のジュニアとの確執もあったという。

 しかし「タッキー&翼」やソロアイドルとして活躍をしながらも、後輩の面倒見がいい滝沢をしっかりと見つめ続けていたのが、亡くなったジャニー氏だった。2018年9月。タッキー&翼の活動を終了し、同年末をもって芸能活動から退き後進の指導に専念すると発表したときのジャニー氏のコメントにはこうあった。

タッキー&翼「夢物語」

【今般、滝沢秀明がタレントとしての経験と知識を生かし、『ジャニーズJr.たちの育成で、ジャニーさんを手伝いたい。』と言ってくれた時、私は驚きと共に嬉しくて涙がこぼれそうでした。このような決断をしてくれた滝沢には心より感謝しています。

 私の頼もしい後継者達が今後も切磋琢磨して皆様が求めるエンターテイメントをお届けする為に頑張ってくれることに期待しています】

 第二の父の「後継者」となった瞬間――。

 それ以前にも、以降にも滝沢は常に「恩返し」という言葉をよく口にしていた。