〈父に雑煮の味を褒められ、母はそれが素直に嬉しくて2つも句を詠んでいる。65年以上連れ添った父と何度も繰り返してきた食卓での会話のはずですが、このような些細なことに喜びを感じていました。俳句の会に母を誘ってくださった松下(厚)さん(慎太郎氏と親しかった光文社の編集者)は会員の方に、「この人の趣味は石原慎太郎だから、自分の新しい趣味を持ってもらわないと」と紹介して下さったそうです〉
生涯にわたり海を愛し続けた
一方の慎太郎さんは、家族のことを詠むことはなく、自然の風景を詠んだ句が圧倒的に多かった。延啓さんは「我が道をゆく父らしさが出ている」と述べる。中には辞世の句とも呼べそうな死後の世界に想いを馳せた一句もあった。
わが魂は海獣ならんと欲す 慎太郎
〈「海獣(けもの)」とはクジラのことです。(父は)生前より輪廻転生を否定していましたが、もし死後の世界があるとするならば、自分の魂はクジラに生まれ変わって自由に悠々と海を回遊したいと望んでいたということでしょう。遺品として出てきた青年期の終わり頃のスケッチブックに書き殴られたメモのひとつに「俺はこの宇宙を孤りで過ぎる隕石だ」というものがありますが、この句からも同様に表現者としての孤高の心意気を感じます。少年時代に叔父・裕次郎と一緒にヨットを始めて以来、父は生涯にわたり海を愛し続けました。父自身が生前の遺言で「我が骨は必ず海に散らせ」と記していたほどです。2014年に出した自叙伝的写真集『私の海』の中で、辞世の句として「灯台よ 汝が告げる言葉は何ぞ 我が情熱は誤りていしや」と綴っていますが、「わが魂」の行方を詠った海獣の句もまた、辞世の句と呼ぶにふさわしいと思います〉
2月10日発売の「文藝春秋」3月号と「文藝春秋 電子版」では、「石原慎太郎夫妻『愛の俳句集』」と題し、石原夫妻の知られざる姿が浮かび上がる俳句の数々を紹介している。
石原慎太郎夫妻「愛の俳句集」
【文藝春秋 目次】芥川賞発表 受賞作二作全文掲載 井戸川射子「この世の喜びよ」 佐藤厚志「荒地の家族」/老化は治療できるか/防衛費大論争 萩生田光一
2023年3月号
2023年2月10日 発売
特別価格1300円(税込)