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長男に「ぼく、生まれてこなきゃ、よかった」と告げられ…冨永愛が味わった“数々の逆境”

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長男に「ぼく、生まれてこなきゃ、よかった」と告げられ…

「04年、パリ在住の日本人パティシエとの結婚を発表し、翌05年に長男を出産。09年に夫と離婚後は、それまで以上にモデル業に邁進します」(同前)

 二度目の転機は、多忙を極めた14年頃。9歳の長男にこう告げられてしまう。

「……ぼく、生まれてこなきゃ、よかった」

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 この言葉に、シングルマザーの冨永は一大決心をする。

「3年間の休業を決めました。『孤独な幼少期だった私と同じ寂しさを息子に味わわせたくない』という想いがあったといいます。休業中はPTA活動にも積極的に参加。『母親らしいことができた』と喜んでいました」(事務所関係者)

休業中に支えとなった長渕剛

 この間、冨永を支えたのが、“師弟関係”にあった歌手の長渕剛だ。知人を通じて家族ぐるみの付き合いとなった2人。育児や仕事の相談に乗ってきたという長渕は当時、小誌の取材に、

「(僕には)彼女の孤独だとか息子の孤独だとか、そういったものをわかろうとする気持ちは人一倍ある」

 などと答えていた。

長渕は冨永の長男を空手に通わせたという

「17年に完全復帰を果たすと、再び世界を舞台に活躍。消費者庁の『エシカルライフスタイルSDGsアンバサダー』に就任するなど、社会貢献活動にも携わっています」(広告関係者)