天敵ライオンの糞の成分を線路に散布したり
もちろん鉄道会社もこの事態をほったらかしているわけではなくて、あれこれと対策を練っている。最も原始的な対策が、徐行運転&警笛。北海道のローカル線に乗れば、民家のひとつも見えない原野を警笛を鳴らしつつゆっくり走る場面によく出くわすが、これこそシカ対策のひとつだ。他にも、動物接近を防ぐための柵を設けたり、シカの天敵であるライオンの糞の成分を線路に散布したり、挙句の果てに車両にクッションを取り付けてシカを線路外へ押し出そうとしたり。また、2015年には、“鉄に引き寄せられる”というシカの性質に目をつけて、日鐵住金建材が鉄分を含んだシカ誘引剤「ユクル」を開発している。
が、これらの取り組みもなかなか目に見える成果には繋がらず、シカとの衝突事故は増える一方。そこで、切り札的に登場したのが近畿日本鉄道と京三製作所が開発した「シカ踏切システム」である。
「シカ踏切システム」とは?
このシステム、昨年11月末に幕張メッセで開かれた「鉄道技術展」にも出展されて注目を集めていた。京三製作所の担当者によると「鉄道の安全運行を守りつつ、シカなどの動物にも配慮したもの」だとか。
「カメラを設置してシカの動きを探ってみると、シカが通る場所、獣道はだいたい決まっているんです。いわばシカの踏切。そこを防止ネットなどでシャットアウトしてしまう手もありますが、それではシカの生息場所が分断されるなど生態系にはマイナスの影響を及ぼします。そこで、列車が通るときにだけシカが嫌がる超音波を放出。つまり、この超音波がシカにとっての遮断機のような役割になり、衝突の危険性を下げることができるというわけです」(京三製作所)
これならば、列車がこない時間帯にシカたちは存分にレールをなめなめできるし、はねられるリスクも低下。もちろんダイヤが乱れたりすることも少なくなるのだ。このシステム開発にあたっては、動物の生態の専門家にも協力を求めたという。導入はシカのよく通る獣道に超音波出力装置を設置するだけ。実際に2016年に近鉄大阪線の東青山駅付近で導入が開始され、シカの線路侵入を前年の17件からわずか2件にまで減らすことができたという。
「単にシカが線路内に入らないようにすればいいわけじゃない。シカの通り道を残して、さらに鉄分補給もできるようにすることで、鉄道の安全とシカの安全を共存させる。それがこのシカ踏切システムの目的です」(京三製作所)
山の中で列車を止める厄介者たる野生動物たち。彼らの侵入をただ防ぐのではなく“共存”を図るというまさしく画期的なシカ踏切。なんだか、犬やネコが逃げ出したエピソードに匹敵するほのぼの話にも聞こえてくる。こうした取り組みが広がれば、列車の安全もシカの安全も守れて、みんなハッピーになれそうだ。
写真=鼠入昌史