アカデミー賞で作品賞、監督賞、主演女優賞 、助演男優賞 、助演女優賞、脚本賞、編集賞と最多7部門の受賞が伝えられた『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』。受賞を記念して、「週刊文春CINEMA!2023年春号」よりダニエルズ監督のインタビューを一部抜粋して引用する(聞き手:町山智浩)。
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ダニエルズ(ダニエル・クワン&ダニエル・シャイナート)監督・脚本の『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』は、中国系移民のお母さんがマルチバース(並行宇宙)をジャンプしながら娘と戦うSFクンフー・コメディ。このクレイジーな映画が全米で大ヒット、アカデミー賞では作品賞をはじめ、最多部門で最有力候補になっている。
――ミシェル・ヨーの主演女優賞ノミネートは歴史的快挙ですね。アジア系女性で還暦、ノーメイクで鼻血まで出して。
ダニエル・クワン(以下、クワン) しかも指はソーセージだし(笑)。僕の父は香港出身で、うちは子どもの頃からミシェル・ヨー主演のクンフー映画を観てきました。僕がミシェル主演の映画を撮ったことを、父は本当に誇りに思ってくれました。
若い時は「何をしたって無駄なんだ」って…
――ミシェルが演じるエヴリンの娘は母親に反抗し、「何もかもどうでもいい」と言って全宇宙をブラックホールに呑み込ませようとします。彼女のニヒリズム(虚無主義)は、どこから来てるんですか?
ダニエル・シャイナート(以下、シャイナート) 若い時、「闇落ち」してた頃の世界観です。社会のシステムから自分が逃げられないと知って絶望して、「何をしたって無駄なんだ」って思ってました。
クワン 僕がニヒリズムに落ちたのは、まず、中国系移民の息子だということ、それに福音派クリスチャンとして育てられたこと、それにADHDだったこと。この3つが組み合わさって眼の前が真っ暗になりました。
シャイナート 僕の場合は、ドナルド・トランプが大統領に選ばれたこと。デマや嘘のせいで下劣な男が選挙に勝ってしまったのを見て、僕は人類への希望を失ってしまいました。だから、こうして世界に希望を見つける映画を作ることは自分へのセラピーだったんです。
クワン 映画は僕を救ってくれてました。映画作りを通して自分のアイデンティティをつかんで、シャイナートや妻を見つけられて、闇から抜け出せたんですよ。僕らが作った映画『スイス・アーミー・マン』と『エブリシング~』は、闇に光をもたらす人を見つける物語なんです。
――それは、この映画だと、エヴリンの夫ウェイモンドですね? 彼を演じるキー・ホイ・クァンは『インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説』『グーニーズ』の子役として活躍した後、ハリウッドにはアジア系男性の役がなくて、以後は格闘シーンの振付師として働いていたそうですが、見事な銀幕カムバックですね。
クワン 実際にクンフーができて、優しくて、ユーモアのある彼のようなアジア系男優が見つけられて本当にラッキーでした。ウェイモンドは『エブリシング~』の「心」なんです。