代謝が低いほうが長生きする
熊本大学大学院生命科学研究部の三浦恭子教授の研究室では、約1200匹ものハダカデバネズミが飼育されている。デリケートな生き物で、強い香りが大きなストレスになってしまうということで、念のため化粧品も避けて研究室を訪れた。飼育室に入ると、ケージの中で5重にも6重にも折り重なって眠るハダカデバネズミの姿が目に飛び込んできた。
ハダカデバネズミが長寿な理由の1つに、「分業」が関連していると三浦教授は言う。餌を運ぶ係や穴掘りをする係、生まれたばかりの赤ちゃんを守るために布団のように上に乗る「布団係」まである。
なぜ分業制が長寿に関連するのかは昔から研究されてきた。昆虫の中にはハチやシロアリのように、繁殖は女王様と王様だけが担い、他の集団はそれを手伝うという真社会性の生物がいる。哺乳類ではハダカデバネズミとダマラランドデバネズミだけであると三浦教授は言う。
「真社会性を持つ種では、繁殖個体が長寿化する傾向にあることが知られています。繁殖個体が生殖細胞としての役割をもち、他のワーカーは体細胞としての役割をもち、集団全体があたかも1つの個体としてふるまっているかのように見えます(超個体)。そうなると女王を長生きさせる方が、集団が繁栄する可能性が高まるので、女王や王が長生きする方に進化していきます。ハダカデバネズミでも、ワーカーは20歳代が寿命ですが、女王は30年以上で、37歳まで生きている王の報告もあります」
女王はすぐに見分けがつくという。少し背骨が長く、見た目が他のハダカデバネズミよりも白くなる。ハダカデバネズミにおいては上位の個体のほうが色が白いのは、序列が上がるほど外に出る機会が少なくなるから、メラニンを喪失していくのではないかと言われているそうだ。
「ストレスの分散、リスクの分散という意味では分業がいいかもしれませんね」
だが、女王以外の個体も長寿なのは、これだけでは説明できない。そこにはハダカデバネズミ特有の機能があるのだという。
「ハダカデバネズミが長寿なのは、総エネルギーをあまり使っていないからです。空気の出入りが少ない地中に生息しているので、あまり酸素を使わないように進化しており、無酸素でも18分間生きられます。また、餌が少ない環境に適応しているので、生まれながらに省エネでもあります。総心拍数はマウスの3分の1くらいと少なく、体温も代謝も低い。体温は32℃ほどで恒温機能が弱く、外気温が低下すると動けなくなります。そもそも体温を維持するための熱の産生にあまりエネルギーを使っていないことも、長生きの大きな要因だと思います」
他の動物でも、低酸素環境になると長寿になるという報告もある。マウスを低酸素で高二酸化炭素の環境で飼うと、少し寿命が延びたそうだ。
代謝が低い動物種のほうが長寿だと三浦教授は言う。一般的には代謝すればするほど活性酸素が出るなど、様々な要因で細胞のダメージが進むからだと考えられている。ただ、これは種間で比べた場合の話であり、ヒトが無理やり代謝を下げるのはよくないかもしれない。むしろ適度な運動で代謝をあげるほうが体の恒常性の維持のためには良いというのが大半の研究の結果だ。
「低代謝の動物種の方が、歳をとる速度がゆっくりになります。例えば大きい動物の方が体重に対しての体表面積が少ないので、結果的に熱放散が減るから、寿命が長くなるという話はあります。あとは非常に水温が低いところにいる生物や深海にいるシーラカンスのような生物も寿命が長い種が多い」
そう考えると、あまり動かずにじっとしている人の方が長生きするのだろうか。
「同じ種の中で比べた場合、少なくともヒトの場合は、筋肉を保つために適度に運動した方がいいでしょう。でも、常にあまり代謝を上げ過ぎるとよくないでしょうね」