がんになりにくいメカニズム
ハダカデバネズミは、ゾウと同じようにほとんどがんにならない。それはDNAのダメージを受けた場合の修復力が強いことが一因だと考えられている。
「私たちの研究では、ハダカデバネズミとマウスの神経幹細胞(神経細胞の元となる幹細胞)を培養して、同じ量の放射線を当てた場合、DNAへのダメージがハダカデバネズミの方が低いことがわかりました。照射された次の日に死亡数を比べると、ハダカデバネズミの細胞はあまり死んでいない一方、マウスの細胞は4割くらいが死んでいました」
ハダカデバネズミは人類とは遠い生物のように思えるが、DNAの修復に関わるタンパク質は、人間と共通だという。「ヒトでもそういったタンパク質の活性を上げれば、もしかしたら寿命が長くなる可能性はあるかもしれない」と三浦教授は話す。
さらに、インフラマエイジング(炎症による老化)と呼ばれる、慢性的な炎症が続くことで身体の老化が加速するメカニズムについても、ハダカデバネズミでは起こりにくいことを三浦教授らは明らかにした。
慢性の炎症が起きる原因は多様である。前回紹介したように、老化細胞が炎症性物質を出すことも一因となるし、環境からのストレスも要因となる。さらにDNAがダメージを受けた場合に出す免疫細胞も、炎症の原因になる。
「炎症反応は紫外線や乾燥などの外部刺激に対する生体に必要な防御反応ですが、歳をとると体の組織の中で慢性的な炎症が持続し、線維化が起こったり、臓器の機能が低下するような変化が起こります。このインフラマエイジングががんや老化関連の病気、糖尿病や心疾患、動脈硬化などを促進すると言われています」
人間についてもインフラマエイジングは注目されており、化粧品会社は肌の老化を防ぐためのケアとしてその研究に取り組んでいる。
「ハダカデバネズミにインフラマエイジングが起こりにくい要因の1つとして、内因性の炎症が起こりにくいことが今回初めてわかりました。プログラムされたネクローシス(壊死)である“ネクロプトーシス”が起きにくい」
細胞の死にはいくつかの種類があり、細胞にあらかじめプログラムされたアポトーシスという「きれいに死んでいく」死に加えて、細胞が破裂しながら死んでいくネクロプトーシスというプログラムされた死がある。このネクロプトーシスは強い炎症を誘導するが、ハダカデバネズミではネクロプトーシスを誘導するマスター遺伝子の機能が変異によって失われている。
「マウスにネクロプトーシスを起こさないような薬を投与すると、発がん剤を投与しても組織の炎症が起こりにくくなって、がんができるのが遅くなることを明らかにしました。人間においても、ネクロプトーシスを起こさないようにした場合に、もしかしたらがん抑制や老化抑制につながるかもしれないですね」
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ノンフィクション作家・河合香織氏による「老化は治療できるか 鍵を握るネズミとクラゲ」全文は、月刊「文藝春秋」2023年4月号と、「文藝春秋 電子版」に掲載されています。
鍵を握るネズミとクラゲ