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「お母さん、WBC決勝戦で投げた昇太のことを生涯忘れることはないでしょう」今永昇太投手への手紙

文春野球コラム 文春WBC2023

2023/03/22

決勝戦先発投手にしか分からない緊張と興奮

 あれ、昇太はネックレスしてたっけ? ブルペンで投げる昇太の胸元がキラキラ光って、よく見たらそれは汗でした。マイアミの気温は25度。あったかそうとはいえ、ユニフォームの下のタンクトップが透けるほどの汗はウォーミングアップだけのものだったのでしょうか。試合前独特の喧騒の中で、ブルペンからベンチに向かう昇太の姿。今日ボールを受ける中村悠平選手が「昇太! 昇太!」と呼びかける声にも気付かずに、への字口で真っ直ぐ前だけ見ていた。決勝戦先発投手にしか分からない、緊張と興奮が昇太を包んでいました。

「緊張して、ブルペンもストライク入らなかったんですけど、なんとか立ち上がれてよかったと思ってます」

 (主にベイスターズ)ファンが呼吸の仕方を忘れる中、ついにその時がやってきました。昇太、まっさらのマウンドに立つ。お母さんは呼吸の仕方を忘れたけど、緊張しても興奮しても、昇太はちゃんと日本代表ピッチャーでした。メジャー屈指の一番打者、首位打者もMVPも経験しているベッツ選手を2球でアウトにして、一つ、ふうっと息を吐いて。

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 次は……お母さんでも知ってるメジャーを代表するプレイヤー、トラウト選手で、その次は2022年のナ・リーグMVPのゴールドシュミット選手……。実況は「一難去ってまた一難」って言ってるけど、そんなものじゃない。お母さんの拙い経験で言えば、インタビュー相手が永遠に上沼恵美子みたいなもの。そう考えたらアメリカのバッター全員ナニワのヤング主婦に見えてきて、お母さんまた呼吸の仕方を忘れちゃった。アメリカチームのスタメン一人一人の年俸が日本の一球団分以上とも聞いて、ますます上沼恵美子に見えてきました。大阪城は自宅、通天閣は物干し台。

どうか今日くらいは、少しだけ満足してください

 でも目下絶好調の6番上沼恵美子、否ターナー選手のすさまじい一振りで、お母さん目が覚めた。少しでも甘いところに入れば、打たれる。当たり前だけど、それが野球で、それが生き馬の目を抜くメジャーで活躍する選手で、それがこの最高峰の舞台なんだと。そんなすごいところで先発を任されたのが、ベイスターズの今永昇太なんだと。

 昇太とソロホームランは、いつも大事なことを教えてくれますね。打たれるか抑えるか。勝つか負けるか。27個のアウトを取る間に、そのラインは絶え間なく揺れ動くから、野球はこんなに面白い。準備はできたかレイディ、ソロを打たれてからが、今永昇太イム。ランナーを出しても、ホームには返さない、それが昇太です。ものすごいボールの回転数より何より、勝つための一つ一つを丁寧に重ねるベイスターズのエースに、お母さんやっぱり涙が出てしまいました。

「これから先、自分が野球を終えるまでこの経験を忘れずに、本当にこのすごいプレイヤーの中でプレイをしたことを、またしっかり向上心をもって、これからの野球人生に励みたいと思います」

 大谷選手が大きく手を広げて、咆吼とともに帽子とグローブを脱ぎ去り、やはりいの一番にベンチから飛び出した牧選手が大谷選手に飛びついて、今日昇太が一番最初に立ったマウンドは白いストライプのユニフォームの選手たちでいっぱいになる、それが劇的な決勝戦のエンディングシーンでした。勝つってやっぱりすごいですね。昇太、どうか今日くらいは、少しだけ満足してください。試合前「野球を終えるときにこのマウンドを真っ先に思い出すような投球がしたい」と話していた昇太。お母さんもこの試合のことを生涯忘れることはないでしょう。今日の「勝利投手今永昇太」を、永遠に。

編集部注:ライターの西澤千央さんは今永投手のお母さんではありません。

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