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「亜大魂、見せてやりますよ」困難は乗り越えるためにある。中日・田中幹也が描く復活のストーリー

文春野球コラム ペナントレース2023

2023/04/05
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「開幕戦出たかったなぁ。見ていたテレビ、途中で消そかなって思ったりもしました」。中日・田中幹也は今、佐賀県内の病院にいる。3月31日の巨人との開幕戦(東京D)の逆転勝利は病室のベッドの上で静かに見届けた。「(小笠原)慎之介さんのピッチング、すごかったです。同じプロ野球選手で、チームメートですけど、本当に感動しました。チームもすごく粘り強かった」。悔しさはぐっとかみ殺し、今は仲間の活躍、勝利を心から喜んだ。

 田中は、22年ドラフト6位で亜大から中日へ入団。東海大菅生高時代から全国にその名をとどろかせ、アクロバティックな守備と圧倒的な走力でチームのピンチを幾度となく救う姿に、野球ファンは彼を広島・菊池涼介と重ねて“忍者”と表現した。今年1月の新人合同自主トレでアピールに成功し、1軍キャンプスタート。

 プレー中はベテラン選手のように飄々としているが、ユニホームを脱げば、まだ大学卒業したての22歳。同じ新人の濱将乃介とともに、高卒新人の山浅龍之介の野球バッグへサインペンで「A.G.O」と書き込むドSな一面も持っている。郡司裕也&岡林勇希との3ショットがインスタグラムに投稿され、一晩でフォロワーが爆増すると「いや、反響えぐい!」とキャッキャする。田中の屈託のない笑顔を見るとこっちまで幸せな気持ちになる。

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田中幹也 ©時事通信社

開幕スタメン当確ランプ後のアクシデント

 改革を進める立浪竜で攻守に絶対的なスピードを持つ田中は、3月のオープン戦でも結果を出し開幕スタメン当確とまで言われた。侍ジャパンとの壮行試合でも、WBC決勝で先発した今永昇太からヒットを放ち、その高いポテンシャルを十分に示した。立浪監督も「素晴らしいものを見せてくれている」と絶賛した。

 しかし、思わぬアクシデントが田中を襲う。3月19日の楽天戦(バンテリンD)の5回だった。バニュエロスから四球を選び出塁。リードを取っていたところに、素早いけん制が来た。手から帰塁し、一塁ベースに触れた瞬間、右肩に痛みが走った。「あっ、外れた。やばい」。

 元々、大学時代から脱臼癖はあった。2月のキャンプ期間中は荒木雅博内野守備走塁コーチに相談し、まずは足から戻る練習を繰り返して、頭(手)から帰塁する練習を行いはじめたところだった。「荒木さんにキャンプ入ってから『怖がって滑ると逆に脱臼しやすくなる。地面と平行するように下から滑る感覚で』とアドバイスしてもらいました。それを継続して練習していた矢先で、とっさに手からいってしまいました……」。無我夢中ゆえの、一瞬の出来事だった。

 ベンチ裏に戻り、右肩をはめ直せば、元に戻った。肩を回せば少し痛みはあったが、それ以上の違和感はない。いつもと同じだろうと思い、アイシングをして、その日は寮へ戻った。しかし、翌朝ベッドから起き上がると激痛が走った。田中は、名古屋で3か所、福岡で1か所、計4つの病院を受診。いずれも手術は避けられないという診断だった。立浪監督からも電話で「しっかり治して、また戻ってこい」と背中を押され、手術を決断。3月29日に佐賀県内の病院で「右肩鏡視下バンカート修復術」を行った。

 佐賀の病院で手術を決断した明確な理由もある。世界一となったWBCでも異次元の脚力をみせたソフトバンク・周東佑京内野手が、2021年に同じ右肩を脱臼した際に手術した経緯がある。見知らぬ地ではあるが、同じけがを克服し、世界を圧倒した周東先輩から勝手に勇気ももらっている。スローイングまで約3か月、実戦復帰までは約6~7か月の見込みも立っている。

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