初公判の朝、被告は少しふっくらとした小柄な体に白いシャツブラウス、紺のカーディガンとスラックスを身につけて法廷に現れた。23歳の色白な素顔にはあどけなさが残り、こざっぱりと慎ましい服装には差し入れた家族の心配りが感じられた。被告の母は、いかにも家庭を守る主婦といった雰囲気の小柄で清潔な印象の女性だった。

 公判の間、被告は落ち着かない様子で両手を何度も組み合わせ、尋問では単語を途切れ途切れに発語した。どの質問に対しても手と手を胸のところに合わせて質問者の方に顔を向け、懸命に質問を理解しようとする様子が目立った。検察官は額の汗をタオルで何度もぬぐいながらゆっくりとわかりやすい単語を選んで質問をし、被告の素直な態度にむしろ攻めあぐねているように見えた。

 だが検察は一貫して、殺害遺棄の動機を「自分の幸せだけを考えた身勝手な犯行」と主張した。(全2回の2回目/前編を読む)

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「非道徳的な女性」という犯人像が一人歩き

 被告の精神鑑定を行った精神科医・興野康也氏は発達症を専門とし、特定妊婦の支援も行ってきた。熊本市で「こうのとりのゆりかご」(赤ちゃんポスト)を運営する慈恵病院・蓮田健理事長が取り組む孤立出産殺害遺棄事件の被告支援に精神科医の立場で関わっている。今回は蓮田氏が清平弁護士に興野氏を紹介し、精神鑑定を行った。

証言後に札幌地裁前で囲み取材を受ける精神科医・興野康也氏

 証人尋問後、興野氏が改めて強調したのは、境界知能や発達症ボーダーラインが複雑で見分けがつきづらい病症であることだった。

「私たちは被告の行動を理屈づけて解釈しようとしますが、パッと思いつきで大阪に彼を追いかけていく、毎日出勤していた弁当店を突然やめるなど、衝動性があるがゆえに本人もよくわからないままにとった行動が多い。妊娠後の行動についてもそうです。彼女の選択は、一人で出産するとどういう事態になるかが認識できていません。彼女の行動は、精神科的な視点で捉えないとわからないことが多すぎます」

 被告が2回も心療内科を受診したにもかかわらず治療につながらなかった点については精神科医療の側の問題もあると、興野氏は指摘した。

 産婦人科を未受診で母子健康手帳を持っておらず、デリヘルで働いていた、男性に金をつぎ込んでいたなどの、いわゆる「非社会的な行為」に注目すると、被告の行動の奇妙さは俄然目立たなくなる。非道徳的な女性であるという犯人像が一人歩きし、女性のとった行動の全てが不道徳で非人道な行為であるというシナリオができあがってしまう。