性産業で働くことは自傷行為のひとつでもある
女性の実像を見えにくくした「デリヘルで働いていた」というプロフィールは、愛着の問題との関わりで説明ができると興野氏は言う。興野氏の解釈はこうだ。
そもそも母子関係に愛着の問題があると、人は自分を傷つける傾向がある。たとえばリストカットやOD (薬の過剰摂取)がそれに該当するが、そういった自傷行為のひとつとして性産業を選ぶことは少なくない。また、愛着の問題を持つ女性は性行為に対して依存症に近い状態になるケースがある。「母親から娘に対して暴力や言葉による明白な虐待があったとは認められていません。ですが、日常生活の中で母子の愛着形成に問題があったことは考えられます」
境界知能やグレーゾーンADHDのせいで、両親の愛情がストレートに伝わらず、叱責されたことだけが蓄積されていったと興野氏は指摘した。
加えて、被告は職場でもいじめに遭っていた。
「要はセイフティネットがあるかどうかです。境界知能や発達症グレーゾーンの人の全員が事件を起こすわけではありません。ほとんどの人が、上司の理解や同僚のサポート、家族や友達のバックアップなどでさまざまに助けてもらってつつがなく暮らせています。でも、中には周囲が気づかず発達症や境界知能の特性を性格のだらしなさなどと誤解されてしまうケースがあります。そのひとつが被告のこの事件です」
愛着の問題から生じた欠落感が満たされることはないとわかっていても刹那的な性行為を蜃気楼のように追い続ける、その構造はメンタルヘルスのメカニズムと関わりがある。
「精神的に健康な人は自分が幸せになったり楽になったり将来よりよい生活ができたりする方へと動きます。ところが愛着の問題があったり、現状として不幸を感じていたりする人は、自分がより苦境に陥る方向へと行動しがちです。その本質はわかっていませんが、人間の脳の構造として、健康なときはプラスの行動原理に沿って行動するのに対し、マイナスのスイッチが入ると自己破滅に進んでいくところがあります」
被告の母親は「まるでうちの子の取り扱い説明書だと思いました」
発達症には自己の痛みを感じる力が弱い特性がある。被告に起きた出来事をこの特性に照らすと、自身の依存する男性が金を渡さないと不機嫌になることが怖くて、身体に負荷がかかるにもかかわらず、妊娠中にも常識的には考えられない数の客をとっていた。
鑑定書を読んだ被告の母親は、「まるでうちの子の取り扱い説明書だと思いました」と言った。
被告は控訴の申し立てをし、清平弁護士と東弁護士は二審を私選弁護人として無償で引き受けていた。
被告との関わりを通して被告を理解すればするほど、ADHDグレーゾーンや境界知能の影響が量刑上考慮されなかったことへのもどかしさがあるのだと察せられた。
「検察は一見猟奇的に見えかねない点を切り取って悪質性を強調していますが、例えば被告がパイプ洗浄剤を使って骨を溶かそうとしたのは、少しでも小さくして供養のために埋めやすくしようという意図でした。被告の背景を適切に理解すれば、加罰より医療や福祉のケアこそが必要であることは明らかです。一体誰のための量刑なのか。ただ加罰しても、本人の人生にとっても社会にとっても意味あるものではないはずです」