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川瀬七緒の新作は「田舎町でコルセットを作る老人」の話

『テーラー伊三郎』(川瀬七緒 著)――著者インタビュー 

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震災後の葛藤を書かなければ

 一人一人の登場人物のキャラクターが濃厚で、それだけでも楽しいのだが、中でもスチームパンク少女明日香(あすか)は異彩を放っている。彼女の存在があるヒントとなり、行き詰まっていた“コルセット革命”の歯車が動き出す。

川瀬七緒さん 撮影=高橋しのの

「明日香みたいな異物は、周りに影響を与えずにはおかないんです。私が高校生だったとき、隣村に本当に彼女のような子がいました。パンクな格好をして、田んぼのあぜ道を歩いている。当然町中で噂になるんですけど、彼女はまったく動じない。私もそういう生き方に憧れはありましたが、結局彼女のようにはなれなかった。この作品を書いてわかったことですが、ファッションって自分の世界を作り上げて、自分に自信が持てるようになるという側面があると思うんです」

 現代の福島を描く以上「避けては通れない」という思いで書いたのは、東日本大震災の記憶だ。アクアと明日香を通して描かれるのは、震災後に世間に溢れた東北を盛り上げようとする言葉への違和感や、地元が未だに抱える葛藤だ。

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「デビューした年が震災の年だったので、インタビューでは震災のことを聞かれることが多かったのですが、正直何を答えていいのかわかりませんでした。私の友人が一人亡くなっています。私は福島の出身ではあるけれど、震災時に現地で生活していたわけではありません。当事者ではないので、下手に立ち入ることのできない領域がとても多いんです。国や東京電力を恨み続けることだけでは何も解決しないし、かといって忘れられるのもやりきれない。その葛藤の中で今も生きている人がいる、ということを書かなければいけないと思いました」

 物語の終盤で読者は大きな解放感を味わうことになる。そこには、川瀬さん自身の経験に裏打ちされたメッセージが込められているようにも見える。「“コルセット革命”って誰にも理解されそうにない発想じゃないですか。でもそれに携わることでアクアにもほんの少し自信が芽生えたらいいなと。私の実家はとても保守的な価値観の家庭だったので、親は私のことは育てにくかったといまだに言います(笑)。でも、大人になった今だからこそ、この小説を通して、世間から少しくらい外れてもいいじゃないか、ということを伝えたかったのだと書き終えてわかりました」

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かわせ・ななお
1970年福島県生まれ。文化服装学院卒。服飾デザイン会社に就職し、子供服をデザインするかたわら小説を執筆。2011年、『よろずのことに気をつけよ』で第57回江戸川乱歩賞を受賞し作家デビュー。その他の著書に「法医昆虫学捜査官」シリーズ、『女學生奇譚』『フォークロアの鍵』など多数。

テーラー伊三郎

川瀬 七緒(著)

KADOKAWA
2017年12月8日 発売

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川瀬七緒の新作は「田舎町でコルセットを作る老人」の話

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