「おまえ今日からキャッチャーやれ!」
いい選手はいるのに、勝てない――。
2023年の巨人は開幕から苦戦が続いている。スター選手は大勢いるのに、もうひとつ噛み合わない。そんな試合を見るたびに、私のなかでこんな思いがふくらんでいる。
「こんな時ほど、『無形の力』をもつ小林誠司が必要なんじゃないか?」
今から10年前となる2013年秋、私は日本生命時代の小林にインタビューした日のことを思い出していた。
当時の小林は、社会人屈指の好捕手としてドラフト候補に挙がっていた。応接室に現れた小林の顔を見て、私は心の中で叫ばずにはいられなかった。
「なんて爽やかフェイスのイケメンなんだ! プロに入ったら人気凄そう!」
小林は自身の野球人生を振り返りながら、意外な話をしてくれた。
「高校に入るまで、キャッチャーはやったことがなかったし、できればやりたくないポジションでした」
広島・広陵高校には投手兼遊撃手として入学。同学年には野村祐輔(現広島)がいた。
「広陵でエースになりたかった。完全に野村をライバル視していましたね」
ところが高校1年の秋、試合後のバスの中で小林は捕手への転向を中井哲之監督より言い渡される。野村は当時を振り返って「車内のシーン……とした空気がいまだに忘れられない」という。
「中井監督が突如叫んだんですよ。『おい、小林~! おまえ今日からキャッチャーやれ!』って。そりゃあびっくりしましたよ。監督以外、そんな発想、誰にもなかったですから」
コンバートの理由は伝えられなかったが、小林は「はい」と答えるほかなかった。
「コンバートの理由は8年経った今も訊けてないです。いやぁ、訊けないですよ……」
苦笑いを浮かべながら、小林はそう明かした。
その後、中井監督を取材した際、私は小林にコンバートを命じた理由を尋ねてみた。
「肩が強かったことと体に柔らかさがあったこと。そして気配りができそうな心の優しさを感じたことです。野球選手として生きていく上で、キャッチャーをやることが彼にとってプラスになる。そう感じたんです」
中井監督は野村と密にコミュニケーションを図ろうとする小林の姿が、強く印象に残っているという。
「寮で食事をする際も祐輔の横か前には必ず誠司がいたし、お風呂に入るのも必ず一緒。グラウンドでもいつも二人で何かを話し合っていた。『おまえらいつも一緒で気持ち悪いのう』なんて言ってましたが、ピッチャーを理解しようとする姿勢がこれでもかと伝わってきました。やがて祐輔から『誠司が一番投げやすい』と話しているのが聞こえてきましたね」
中井監督は捕手・小林の性格をこのように評した。
「まじめで優しいけど頑固。厳しいけども優しい。見た目はあんな爽やかな風貌をしていますが、芯は強い。ぶれない男です。キャッチャーとしてはピッチャーの気持ちを優先することにひたすら徹していました。祐輔はマイペースな男ですし、典型的なピッチャー気質。誠司が大人になって、時には自分を殺しながら、時にはおだて、祐輔のわがままな部分もすべて受け止めていた。こういうことは相手が先輩ならばできても、同学年同士のバッテリーだとなかなかできないことなんです」