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本気というのは、周りに伝染する

 最後に、本気になるということ。本気で己を高め、本気でライバルと競争し、本気で目標を獲りにいく。本気というのは、周りに伝染するのだ。明日が確約されていないプロ野球の世界では、特にそれが強いと感じる。本気で己を高めない者は、本気のライバルに勝てるはずもない。勝てないどころか、勝負にすらならない。居場所すらなくなってしまうのである。しかし、本気の己が本気のライバルと競い合ったとき、そこには自然とチームワークが生まれる。本気でやってる奴を誰も放ってはおかないのである。これは決して馴れ合いのチームワークでは生まれない、本当の繋がりだ。普段の仕事で、こういう空気感を体験した方も多いのではないだろうか。

 今年のベイスターズでいえば、私は楠本選手の本気に感化された。シーズン前、久しぶりに電話が来たかと思えば、3つ年上の私にあいもかわらずタメ口で「なにしとるん?」と話す彼に、私は「とりあえずシーズンおつかれさま」と、それなりの相槌を打って、彼の現状を聞いた。「若手のスケジュールとおんなじメニューで練習してるから、毎日体がパンパンや」と話す彼は、どこか充実感を漂わせていた。その上で「誰よりも練習してやるんだ」と、そんなことを話してくれた。要するに、彼は本気だったのだ。少なくとも私はそう感じたし、実際その後何かの記事で、楠本が特に頑張っているといった内容をみた。

「あなたの本気でやる姿勢が周りに伝わってるような気がする」

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 今シーズンが始まってから改めて連絡をとった私は、楠本選手にこう話した。すると彼は、噛み締めるように言う。

「逆に俺が周りから刺激もらってる。負けられない」

 野球の世界で戦い続けることの大変さは少しは理解してるつもりだが、決して綺麗事だけではやっていけない環境だ。ただ、楠本選手のこの言葉で、この上なくいい雰囲気でチームは動いていることがわかる。

 だって、本気の楠本選手が、本気で武者修行をしてきた関根選手や他の外野手達と、本気の競い合いをして、その結果彼なりの答えを出しているのだ。そしてそれは、チームになくてはならないものになっている。今のベイスターズの強さは、それぞれの「本気」が具現化しているのだ。だからこそ、誰かが上手くいっていないとき、自然と誰かが助けられる。

 昨日の試合後、7回に痛打を浴びたエスコバー投手を、山﨑投手が抱きしめたときにそう強く感じた。結果が出なければ、明日には違う誰かがそこにいるような世界ではあるが、全部ひっくるめて進んでいけば、個人もチームも強くなるはずだ。そんな世界を見ていると、今の私は本気だろうかと、自然に自問自答してしまう。ただ、いいお手本が目の前にあるのだから、少しでも本気を出せるようにやっていきたいものである。

いい選手は決して言い訳をしない

 こんなことをつらつらと書きながら、強い選手って一言でいうとなんだっけ、と私は思い返していた。これは私がベイスターズにいた時の経験談になってしまうが、きっと今年のベイスターズもそうに違いないと確信していることがある。

 それは「言い訳をしない」こと。前回のむしくんもそうだが、いい選手は決して言い訳をしない。少なくとも、私は言い訳をしているいい選手を見たことがない。もちろん、言い訳したくなるような状況もあったに違いないが、それでも全て受け入れて、上を向く。

 プロ野球選手は常に不安と戦っている。不安だから準備するし、練習するし、ずっと野球のことを考えている。言い訳をしないということは、きっとそこに誇りを持って戦っているからだろう。余談だが、私は医学部のテストが本格的に増えてきて不安なので、言い訳しなくて済むようにしっかり準備して勉強しようと思う。

 選手ばかりの話になってしまったが、もちろん選手だけではなく、選手が輝ける場所を作るために準備をしている人達の存在も忘れてはならない。ファンの力もある。ベイスターズに関わる全員の力があってこその単独首位なのだ。そして、その強さは決してベイスターズだけのものではなく、私たちにも当てはまる。私は現役時代とは違い、誰かに勝ちたいと思うことはほとんどなくなった。ただ、やっぱり負けたくはない。これからもベイスターズに人生の教訓を学びながら歩いていこうと思う。

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