注目の抗老化物質「NMN」
しかし、加齢に伴ってNADが減少してしまうことが、臓器や組織の衰えにつながることが最近明らかになってきた。そこで、NADを補充するために必要な物質として注目が集まったのがNMNである。
NMNは世界中で抗老化物質として注目されている。その発端は、2011年にNMNが二型糖尿病に効果を示すことが報告されたことだ。さらに2016年に今井教授が発表した論文で、抗老化作用が証明された。2016年に発表された研究では、マウスに生後5ヶ月から1年間NMNをのませたところ、人間で言えば60代に相当する17ヵ月齢になっても、体の代謝が維持されて太りにくく、網膜機能が改善されたり、中性脂肪が減少したり、遺伝子発現のパターンが若い状態に戻ったりと、全体として顕著な抗老化作用が見られたという。
「NMNは赤血球の中にかなりの量が含まれていることがわかっています。また血中にはNADを合成するために必須の酵素eNAMPTも多く含まれています。つまり、血液は抗老化作用をもたらす2つの成分を持っていることになります。またNMNは飲むだけではなく、皮膚からも吸収されます」
NADを合成する酵素eNAMPTについても今井教授らは興味深い実験結果を発表している。老化してもeNAMPTが減らないように遺伝的な操作をしたマウスは、老化が遅れて、通常のマウスに比べてメスの中間寿命(集団の半分が死ぬ月齢)は13%延びたという。一方で、オスの寿命は変わらなかった。さらにeNAMPTを若いマウスから抽出して老いたマウスに注入し続けたところ、オスでもメスでも活動能力が上がり、最大寿命が16%、中間寿命は10%延びたという。
「この結果から、eNAMPTには数々の抗老化作用があることがわかり、そのためマウスの寿命が延びていることが明らかになりました。eNAMPTを与え続ければ最大寿命も延び、ピンコロの状態に近づくこともわかりました」
この論文を今井教授の研究室では密かに「ドラキュラの秘密」と呼んでいた。マウスではメスの方がeNAMPTが多かった。もし人間でも同様であれば、ドラキュラが吸ったとされる若い女性の血液にはeNAMPTが多量に含まれているのかもしれない。
「米国での研究から、若いマウスからとった血液、とくに血液から血球を除いた血漿成分に抗老化作用があると分かってきています。しかしヒトで考えた場合、若い世代は血液を採られて老人を助ける側に回るのか、という問題になりかねません。若い世代から血液をとって老齢世代に与えるという考え方自体が社会的に問題が大きすぎるので、その成分を特定する研究が進められているのです」
たとえ効果があろうとも、倫理的な意味で、我々は医学的な適応以外では他者の血液を摂取するわけにはいかないことは当然だ。
懸念される「NMN点滴」
だが、血液からではなくとも、NMNは食品にも含まれている。NMN含有量の多い食品としては枝豆やブロッコリー、アボカドなどがあげられるが、それでも100グラムあたり1〜2ミリグラム程度だ。1日200から300ミリグラムの摂取が目安だと今井教授は言うが、それだとブロッコリーなら20キロ以上を食べなくてはならなくなる。
今井教授は「歳をとってからは、食品でとるNMNでは十分ではない。外から補充する必要がある」と言う。NMNは今や世界中でサプリメントとして販売されている。そのブームは過熱しているが、問題点もあるという。
「現在販売されているNMN製品の品質は玉石混交で、体内にない物質が混入しているものもあり、少ない不純物であっても健康への影響は不明だ」と今井教授は指摘する。
ではどうやってNMNを選べばいいのだろうか。国産に加えて、中国など海外製のものもあり、値段も一瓶で数千円から数万円まで幅広い。
「純国産のNMNだけではなく、最近では高品質なものも開発されるようになってきました。しかし、一般の消費者の方々がそれを判断するのは難しい。ですから、疑問を持ったときは、その製品を開発している会社に成分の情報を開示するようにお求めになるのがいいでしょう」
さらに今井教授が懸念するのは、NMNを飲むのではなく、点滴するクリニックが乱立していることだ。例えば某クリニックでは30分6万円という高額な値段でNMN点滴を提供している。一見、飲むよりも効果がありそうな気がするが、今井教授は血液に直接NMNを点滴することに警鐘を鳴らす。
「私はNMNの点滴には強く反対しています。少なくとも、それが人体にとって完全に大丈夫だという科学的証明が出るまではおすすめできません。腸管を通さずに血液に直接NMNを入れると、ALSという難病の原因としても報告されているSARM1というNADを壊す酵素を活性化してしまう可能性があるのです。NMN点滴は世界でもほぼ日本だけの現象です」
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ノンフィクション作家・河合香織氏による「老化は治療できるか 甦るドラキュラ伝説」全文は、月刊「文藝春秋」2023年5月号と、「文藝春秋 電子版」に掲載されています。
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