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ホークスのグラウンドキーパーを続けて36年、「徳さん」が“最後の仕事”を終えた夜

文春野球コラム ペナントレース2023

2023/05/07
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セレモニーを終えて「最後の仕事」へ

 また、徳永さんがホークスを離れるという事実は、この日の試合中に多くのファンにも伝えられた。

 5回裏終了時のグラウンド整備では球団の粋な計らいにより場内アナウンスでその旨が紹介された。ホークスビジョンにもトンボを持って本塁付近を整備する徳永さんの姿が大映しになると、ファンからの感謝の気持ちが温かい拍手と歓声で送られた。

 そして、最大のハイライトは試合が終わった直後に待っていた。徳永さんの「今日も勝ってもらえたら」という願いが通じ、ホークスが5-3で勝利。今季初先発した森唯斗が6回無失点と好投すると、6回裏1アウト満塁から栗原陵矢が値千金のグランドスラムで試合の均衡を破った。その後反撃にあったもののリリーフ陣が踏ん張って逃げ切った。

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 なにより、この日も大きなアクシデントなく無事に1試合を終えることができたのだ。

 PayPayドームでホークスが勝てば、ホームベースと一塁ベースの中間付近にお立ち台が設置される。そこに立つのはもちろん森と栗原だ。すると、栗原は「選手が毎日、何不自由なく練習できているのは徳さんのおかげ。何とか今日は、徳さんのためにも勝ちたかったし、勝って見送りたかった。それが出来て良かったと思います」と思いを言葉にした。場内はまた一段と大きな拍手に包まれた。

 徳永さんがグラウンドの隅からその様子を見つめていた。グラウンドキーパーは試合が終わればすぐに翌日以降のために整備を行わなければならないから、いつもそこに立っている。

 するとヒーローインタビューが終わろうとした時、「ここに徳さんを呼んでもいいですか」と栗原が切り出した。完全なるサプライズに徳永さんはたじろいだ。「日本一のキーパー」を目指し続けてきた男は裏方という立場を誰よりも理解している。足が前に出ない。だけど、森と栗原が何度も、何度も手招きをする。PayPayドームの大勢のファンも拍手で背中を押していた。スポットライトを浴びながら、2人のヒーローの真ん中に立ってカメラのフラッシュを浴びた。

「びっくりでした。一般人の自分が、まさかお立ち台に上がるなんて」

試合前練習後に、徳永さんを囲んで記念撮影 ©田尻耕太郎

 また、徳永さんは試合中ずっと、後悔していたことがあった。

「練習前の挨拶の時に『今日も勝ってもらえたら』なんて言ってしまい、選手たちに余計な気を遣わせてしまったんじゃないかと。ただ、本当に一生の思い出になりました」

 しかし、感慨に浸る時間はほとんどなく、試合後のセレモニーが終わるとトンボを持ってすぐにホームベース付近へ足を進めた。プロのグラウンド整備は綺麗に均すだけが仕事ではない。同じ場所を均して固めたと思ったら、耕すように土を掘り、再び均して固める。素人目には同じ作業を繰り返すようにしか見えないが、そこにプロの目と技術が詰まっている。ホームベースや打席周りを整備するだけで1時間以上もそれらの作業を繰り返していた。その間に選手たちは帰路に就く。徳永さんが「最後の仕事」を終えたのは午後11時を大きく回った後だった。

試合後、ホームベース付近整備する様子 ©田尻耕太郎

 ホークスには変わらぬスローガンがある。今季の「鷹!鷹!鷹!」や昨季の「もっと!もっと!もっと!」などはシーズンのスローガンであって、ソフトバンクがオーナー企業となった2005年から一貫しているのは「めざせ!世界一」の合言葉だ。

 その中で孫正義オーナーは「メジャーリーグのチャンピオン球団と真の世界一決定戦を」という夢をずっと掲げている。「世界に誇れる」「世界一にふさわしい」本拠地でなければ、そんな主張がいつまでも通るはずがない。徳永さんがこだわったグラウンドへの想い。これからも必ずや紡ぎ続けてほしい。

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