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SNSでは辛辣な言葉が飛び交ったが…

 昨オフ、母校・大阪桐蔭の後輩で誕生日も同じ藤原恭大と開いたファンミーティングには、もちろん行った。今年1月には、益田直也の自主トレに江村も初参加すると聞いて、同じ静岡の焼津にも当然のように駆けつけた。そして迎えた、彼の誕生日。5月6日のマリンでも――。

「出場機会こそなかったですけど、ボードを掲げてひとり“生誕祭”を満喫しました。先発ピッチャーが2アウトになると始めるキャッチボールのときは、だいたい江村選手が出てくるので、試合展開はそっちのけであの日はそればっかり(笑)。

 試合中も、内野のいい席で観ているファン仲間の人が、写真を撮って送ってくれたり、平沢大河選手がボードに気づいて『また例の彼女、来てるよ』ってベンチで本人をイジってくれたり。結果は負けだったし、行く予定にしていた次の日は雨で中止になったけど、私としては十分すぎるぐらい幸せでした」

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あの日受け取ったサインボールと、いつも掲げている「江村ボード」。「オッパ サランヘ」は韓国語で「おにいちゃん、愛してる!」(本人提供)

 ちなみに、その2日前。仙台での楽天戦では、今季2度目の先発となった森とのコンビで、ふたたび江村がスタメンマスクを被って、0–6。SNSでは「なんで江村なんか出すんだ」、「いますぐ落とせよ」といった辛辣な言葉が飛び交った。

「試合に出る以上、いろいろ言われるのはしょうがない。どんな立場で?って感じですけど、私としては『話題にしてくれてありがとう』ぐらいに思ってます。まぁでも、スタンドにいるときもそうですけど、SNSでもまわりの人は私が江村推しなことを知ってくれているから、そういう言葉はタイムラインには流れてこない。“#chibalotte”でわざわざ検索したりしなきゃ、目に入ることもないですから」

 3番手の控え捕手という立場の江村が、この先も1軍にいられる保証はない。

 ただそれでも、江村が彼女にとっての“スペシャル”であるという事実は揺るがない。

「マリンでの試合前に、まだユニフォームも着ていない状態で、準備してきたボードをその日のスタメン順に並び替えていたら、後ろの席に座っていた人に『あら、そんなにたくさんスゴいわねぇ』って声をかけられて。

 その人が『でも、私の好きな選手のはないわよね』って言うから、『ちなみに誰ですか?』って聞いたら、『江村くん』。そこで、『私もです!』って意気投合して、聞けばその人も静岡から来た人で……。そういう奇跡的な出会いをくれたのも、江村選手のおかげ。だからやっぱり、推しの選手は他にもいるけど、彼だけは特別なんですよね」

 実働10年で、出場試合は242試合。通算の打席数もレギュラー選手が1シーズンで経験する規定打席以下の「309」しかない江村は、他球団ファンからすれば、ほぼ無名。「ロッテの背番号53は誰?」と聞かれて、「江村!」と即答できるのも、よほどのコアな野球好きだけだろう。

 でも、間違いなく言えることがあるとすれば、そんな江村直也という通好みすぎる野球選手の存在が、ひとりの女の子の毎日を明るく照らしているということ。

「9割は藤原選手のファンだった」という、くだんのファンミーティングでも「今年こそ1軍をつかみ取ります」と宣言して、会場の爆笑をかっさらったお茶目な31歳。その生きざまが、若手の多い吉井ロッテを、“江村女子”の人生を、人知れず、だが力強く後押しする――。

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