忙しいからこそ猫になろう
米澤 今は東京に戻って生活しているのですが、東京はパリに比べ「物事が進むスピードが3倍速い」と感じます。アクセルはいつも全開、しかもミスしないことがベースになっています。だからこそ「猫になろう」と提案したくなって。
ガルニエ 人間は生活に忙殺されがちです。もっともっと早くしなければ、と。猫のように自分のリズムでゆっくり生きることを学べたらいいですよね。たとえば猫は、目が覚めたときに「パンディキュレーション」という、時間をかけてあくびをし、伸びをする行動をとります。このシンプルな動きをすることで脳は活性化し、のんびりと機嫌よく起き上がることができるのです。少なくともベッドから飛び起きて、台所で立ったままコーヒーを飲み、シャワーに駆け込むよりはずっと良いはずです(笑)。少し早く起きて、猫がゆっくりと体をなめるように1つ1つの行動に時間をかけてもいいんじゃないでしょうか。
米澤 私も起きたらまず伸びをする猫とパリジェンヌを描きました。さあ活動をはじめるぞ~という仕草、はたから見てもほっとします。
ガルニエ 猫のようにゆっくりと生きるということは、何かするときに他のことに気を取られず、むしろしっかりと楽しんでしまえばいいということです。友人とのランチ中にメールの返信やSNSをチェックしていたら楽しい時間が過ごせなくなるのに、最近は毎日のようにそんな風景を目にします。明日の心配をするあまり、「今」していることを十分に楽しまず、ネットのチェックなど同時にいくつものことをしてはいないでしょうか。時間を無限に短縮することなんてできないんです。ちょっと贅沢な夕食を用意するとかお風呂に入るとか、自分のために時間をかけ、自分を幸せにしてくれることが何なのかを見極めることが大切です。
米澤 食べるとき、休むとき、他のことをせず集中するというのはまさに猫の姿から学べますね。いっぺんに数をこなすのではなく、一点集中型。本の冒頭で、部屋でテレビも音楽もつけず本も読まず、ひたすらぼーっとして風の音を聴くというリラックス法を描きました。
ガルニエ ゆっくり生きることはよく生きる術を見出すこと、日常のストレスと重圧から解放されることなのです。
猫が教える「どうしようもないことは受け入れる」
米澤 私は「猫とパリジェンヌのように生きよう」という提案をしつつも、自分がいちばんそうありたいと願っている気がします。本を出すと見知らぬ大勢との縁が生まれてそれが力になりますが、半面、目に映らない方々からの評価をいつも気にしている自分がいて。これでは「立派な猫」といえませんよね?
ガルニエ 「立派な猫」でないなんてことはありませんよ! 猫と違って私たち人間は他人の目を気にせざるを得ません。猫に教わらなければならないことの1つですね。他人にどう思われているかだけを基準に生きていくのは不幸なことです。もし他人の目が全く気にならないなんて人がいたらその人はとんでもなく傲慢な人かウソつきで、そんな人は権力を持てば暴君になる可能性大でしょう。人間は集団の中でしか生きていくことができないのです。
米澤 ステファンさんはどのように向き合っていらっしゃいますか。
ガルニエ 幸いにも私は今回の本の読者から様々なご意見をいただきました。多くは好意的で心温まるものでしたが否定的なものもありました。双方とも私の心を揺さぶりますが、だからといって評価を心配したりはしません。なぜなら他人の評価を私がどうこうすることは無理だからです。他人が私や著書についてどう思おうと私にはどうすることもできないのだからドンと構えて受け入れるしかないのです。私に許されているのは、良い評価にしろ悪い評価にしろ、それを受け入れることだけなのです。「自分にはどうしようもないことは受け入れるだけ」。それだけでもうすでに人生が楽になっているのだとはいえないでしょうか。
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ステファン・ガルニエ Stéphane Garnier
1974年、フランス、リヨン市生まれ。レコーディング・エンジニアとして長く働いた後、現在は作家として小説、エッセー、ドキュメンタリーなどを手掛けている。愛猫ジギーとの暮らしを満喫し、その行動から日々得られた気づきをまとめた『猫はためらわずにノンと言う』がフランスでベストセラーとなった。
米澤よう子 Yoko Yonezawa
東京都生まれ。グラフィックデザイナーとして広告制作会社に勤務後、1993年にイラストレーターとして独立。商品パッケージや広告ビジュアル、雑誌や書籍のイラストレーションを手がける。2004年から4年間パリを拠点に活動、現在は東京に暮らしつつ、年に1度のペースでパリのアパルトマンに滞在。パリジェンヌについての著書多数。