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トラブル防止のため身体接触はNG…泥酔客を起こすために路線バス運転士が使う「苦肉の策」とは

source : 提携メディア

genre : ライフ, 働き方, 社会

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さらにひどいケースにも出会った。定期券の偽造である。今はパソコンやコピー機でもスキャンやデザインができるし、プリンターの性能も昔とくらべて格段によくなっていると聞く。だから、本気で定期券を偽造されれば、偽物と見破るのは難儀(なんぎ)かもしれない。ただ、定期券の偽造などというみっともない行為をする人は、たいてい仕事が粗い。

私が出会ったお客は、2月15日までの定期券に、「2」の横に手書きの「1」をくわえて、「12」に偽装しているものだった。いまどき、小学生でもこんなマヌケな偽造(*4)はしないだろう。その定期券を提示されたとき、私は一瞬で違和感を覚え、差し出された定期券を取り上げた。

「これはなんですか?」と尋ねる。男は20代くらいの痩せ形で、黒縁メガネをかけて、小綺麗な白シャツを着ていた。一見すると、やり手のビジネスパーソンに見えなくもないが、死んだ魚のような目をしている。何を考えているのかわからない、私が苦手なタイプだった。

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(*4)マヌケな偽造:偽造がいくらお粗末でも犯罪に変わりない。バス会社によっては、有価証券偽造・同行使罪で3カ月以上10年以下の懲役に処される。過去にもコンビニのコピー機で定期券を偽造した15歳の少年が逮捕された例がある。たかがバス料金で人生の経歴に傷を付けることはじつに馬鹿らしい。

不正を指摘しても反省しない20代の男性

「はあ」と男は言った。動揺しているふうでもない。

「これ、ダメですよね」

私は定期券に書き加えられた「1」の部分を指差す。

「ええ」
「いや、ええじゃなくて。こんなことをしたらダメじゃないですか」
「そうですね」

男は偽造がバレたことにショックを受けた様子もなく、淡々と応答を重ねるばかりだった。

「ここに住所と連絡先を記載してください。後日、営業所から連絡しますので」
「はあ」

男は、渡した紙に素直に個人情報を記載した。その内容も嘘である可能性は否めないが、定期券の利用者なので個人情報は会社に控えてあるだろう。何を考えているのかわからない男は、逆ギレするでも落胆するでもなく、見つかったときと変わらぬ表情でその場から去っていった。