特に彼女は私の姉たちとすぐに打ち解けて、仲良く話をしている姿が印象に残っています。一人っ子の彼女には私の姉が「お姉さん」のように思えたのでしょう。そんな姿を見て、私も喜びを隠せないでいました。
この一件以来、ヘレン姉さんとの間は急速に近づいていきます。先輩後輩の間柄は変わらないものの、細かなことが少しずつ変わっていったのです。
いつしか呼び方も「ヘレン」に
朝、姉さんの楽屋を訪ねて、
「おはようございます」
と挨拶をする。以前だったら、
「おはよう。キー坊、牛乳とパン買うてきて」
となるところが、
「牛乳2本とパン2個買うてきて」
に変わったのです。
もちろん増えた「1本」と「1個」は私の分。彼女との距離が近づいた喜びもありましたが、恥ずかしながら「一食浮く」という喜びのほうが大きかった。次第に私も厚かましくなり、2人の間では100円を借りたり返したり、ということも……。
人気コメディエンヌと付き人のような関係が急速に縮まり、いつしか呼び方も「姉さん」から「ヘレン」へと変わっていく。自然な流れで2人の仲は深まっていきました。
2人の間にあった高い障壁
職場結婚を嫌う吉本のこと。まして売れっ子女優の人気が下がることは何としても避けたいところです。2人の間にあった高い障壁は、いつしか2人の将来に立ちふさがるようになっていました。
それでも若い2人にはその壁を乗り越える覚悟がありました。西成にアパートを借りて、同棲を始めたのです。
アパートの名前は「熱海荘」。6畳1間のささやかな愛の巣でした。