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20代後半で「前向きな諦め」

 2002年には『DOG STAR』『フィラメント』『tokyo.sora』『目下の恋人』と出演映画があいついで公開され、さらに舞台『HAKANA』で演劇初体験にして初主演を務めた。とくに舞台の話が来たときは、事務所の社長からいつになく強く勧められたという。

 このときについて井川はのちに、《与えられたことであっても、やるからには全力を尽くさないと気が済まない性格。社長にはそこを完全に見抜かれていたと思います。結局、その舞台に夢中になって取り組み、その流れで女優の道を歩み始めていました》と顧みている(『婦人公論』2007年3月7日号)。

©文藝春秋

 その後も映画・ドラマとあわせて舞台出演を重ねるが、20代も後半になると、自分を見失い、以前のように前へ前へとアクセルを踏み続けることができなくなる。そこで思い切って、仕事のペースを大きく落とすと決めた。ハードなスケジュールも、周囲の期待に応えたいという自らの思いもすべてリセットし、仕事を自分らしくいられるものに絞って、じっくり取り組む方向へと舵を切ったのである。

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《“私に出来ることなんてそんなに多くない”と思ったら、何かがすとんと腑に落ちてラクになりました。それまで人がよしとすることを追い求めてきたけれど、それはイコール自分が心地よいことではなかったんです。同じ力しかないのだから、何かを得るためには何かを犠牲にしなくっちゃ。前向きな諦めが自分を知ることにつながりました》(『CREA』2009年4月号)

©文藝春秋

30歳で結婚、2児の母に

 30歳だった2006年に結婚し、その後、2児を儲けてからは、泊まりのロケが難しいなどの理由から、ますます引き受けられる仕事は限られた。それでも、その分だけ作品に集中する時間は濃いのだろう、印象深い役が少なくない。

 映画『ディア・ドクター』(2009年)では、笑福亭鶴瓶演じる主人公が、素性を隠しながら村で唯一の医師として患者を診続けてきたところへ、井川演じる女性の出現によってとうとう正体がバレそうになり、失踪する。このとき、医師からちょっと待っているようにと言われ、診察室でひとり待ちながらたたずむ彼女の横顔がじつに美しく、と同時にその後の破局的展開をも予感させて強く記憶に残る。