「僕が思うに、正気の沙汰じゃないね」
言わずもがなであるが、ダルビッシュは右投げの先発投手だけをやっている。一方で大谷は、先発投手をやりながら定期的に打席に立ち、ベーブ・ルースの軌跡をたどろうとしている。
「両方ともやるなんて、僕が思うに、正気の沙汰じゃないね」
キンズラーは椅子の背にもたれかかり、信じられないと言うように首を振る。
「メジャーリーグのレベルでそれをやるなんて、究極の才能がなければ無理だよ。己を律し、入念に下準備し、スケジュール管理も怠らない。翔平にはそういったことが全部できるんだ。本当に特別なことさ」
キンズラーはこれまでに、打撃に優れ、マウンドにも立てる選手は他にもいたと語る。しかしこうした選手たちは様々な理由によって、大谷のように歴史や野球の価値観を変える道を選ばなかった。
「大学ではどちらもやっていた選手がドラフト指名されて、投打のどちらかに絞ってみても上手くいかず、もう一方もやってみたものの、やはりダメだということがある。両立は極めて難しいことだし、誰も長い間やろうとしなかったことだ。大昔にやっていた選手はいたが、あのころの野球は今とは別物だった」
キンズラーは、スプリング・トレーニングで不調だった大谷の実力を疑う声が上がったとき、笑ってしまったという。あのプレーを見れば、何も心配することはなかったのだ。
「信じられないくらいの才能だ。流れるような美しいスイング。走るときも、160kmの球を投げるときも、やはり流れるような動きをする。スプリング・トレーニングで彼の体の動きを一目見たら、投打の双方に優れている選手だというのは誰の目にも明らかだった。極めて独特な選手が自分のチームに入ってくれて、とても嬉しく思ったよ。これまでの彼はとても素晴らしかった。このまま長くうちのチームにいてくれたら、もう何も言うことはないよ」