1ページ目から読む
2/2ページ目
50代を過ぎてから咲いた「観念の花」
あれ、でも。冒頭で見たルドンの《グラン・ブーケ》は色彩豊かだし、そもそも花束は現実にあるものではないかと思う向きもあろう。
そう、長らく黒色をベースにした作品を描いていたルドンは、50代になってからいきなり色に溢れる絵を量産し始めた。花をテーマにした今展は、彼が晩年に描いた作品を多く展示している。ルドンの画業には明暗の両面があり、今回は「明」のほうにスポットを当てているというわけだ。
ただ、でき得れば《グラン・ブーケ》や、穏やかな雰囲気の中に人と花を描いた《眼をとじて》、かたちの類似から並べたのであろう《蝶と花》などを、もう一度ゆっくり眺めてみてほしい。画面はどれも色彩に満ちているものの、底抜けに輝く明るさはそこにない。
どちらかといえばその色調は、暗闇を逃れてなんとか発光し続け、なんとか最低限の明るさを保っているように見える。花や女性や蝶の実在感にも乏しい。観ている私たちがいったん目を離したら、すぐ闇に呑み込まれ消えてしまうんじゃないか。そんな儚さを感じさせる。
花や女性や蝶をルドンは写生もしただろうけれど、目にしたものを忠実に写し取ろうとはしていない。描く対象をいったん取り込んで噛み砕き、脳内で自分なりのイメージとして再構成したものを、絵画のかたちにして吐き出している。
ルドンの作品に描かれているものはすべて、彼の観念なのだ。
闇から浮かび上がるルドンの「観念の花」は、彼の体内を通過している分だけ雄弁である。会場で一枚ずつとじっくり向き合い、対話をしてみたい。