シュールストレミングの10倍臭い肉
現地では、ツキノワグマとヒグマの両方を捕獲し、接近感知センサーを搭載したGPS受信機付きの首輪を付ける。この首輪は、通常は2時間に1回、居場所を衛星に通信するのだが、首輪を付けた個体同士が近づくと5分間隔で通信するようになる。つまり、ヒグマとツキノワグマが接近すれば、お互いが避けたり追いかけ合ったりする行動が把握できるわけだ。さらに、心拍数を計測できる装置を首輪に付けておくことで、クマ同士が緊張しているかどうかもわかる。
ロシアでのクマの捕獲方法はエサからして日本とは違った。どうやら私が調査に参加したのが秋だったことも大きかったようだ。日本のクマも秋になるとあんなに好きだったハチミツに興味を示さなくなり、ひたすらドングリを食べようとする。ロシアのクマも同じで松の実ばかりを食べているのだ。冬眠に備えるためだろう。ならば、松の実と同じかそれ以上に栄養価が高い食べ物をしかけたいところだ。しかも、今回は同じトラップでヒグマも捕獲したい。
そこでロシアでは動物の肉をエサとして調達した。狩りで獲ってきたり、道路で車にひかれたシカの脚を拾ってきたりしてエサに使うのである。ほかにもイルカの内臓やイノシシの脚などもエサに使われた。
ロシアのクマは腐敗したクジラの肉が好き
ときには、浜に打ち上げられたクジラの肉を使うこともあった。こちらは腐ってドロドロに溶け、鼻がひん曲がりそうなほど臭かった。そのニオイは、世界で最も臭いといわれる発酵食品のシュールストレミングを5~10倍強烈にしたようなレベルである。腐敗にともなってガスが発生しているので、クジラのお腹にナイフを入れると、すごいニオイの液体がブッシューッと飛び散って服にかかる。私の前に調査に来たチームは、「服にあの汁がつくと、ニオイが取れないよ」と教えてくれたので、捨ててもいいような服を着ていくことにした。手のニオイもなかなか取れないので、ゴム手袋をして、さらに隙間から汁が入り込まないようにガムテープでふさぐ必要もあった。
そんな完全防備をした上で、腐ったクジラの肉をナタで20cm角程度の大きさのブロック状に切る。そのブロック数十個をバケツリレーのような格好で運んで冷凍庫に保管する。これを冷凍庫から取り出してトラップに入れるのである。こんな臭いものをよく食べる気になるなと思うのだが、現地の人たちによれば、「これを一番クマが食べるんだ」ということだから従うしかない。
実際にロシアのクマは腐敗したものが好きなようで、私と入れ違いにシホテアリンに入ったチームはこのエサで捕獲に成功したようだ。