日本にいると、クマの死体を見ることなんてほとんどないし、ほかの動物に捕食されることもまずありえない。しかし、海外ではクマが捕食される生態系が築かれている環境もあるという。はたして、クマをも捕食してしまう動物とはなんなのか。

 ここでは、25年間にわたってクマの糞を拾い続け、ツキノワグマの謎に包まれた生態を明らかにしてきたクマ博士・小池伸介氏の著書『ある日、森の中でクマさんのウンコに出会ったら ツキノワグマ研究者のウンコ採集フン闘記』(辰巳出版)の一部を抜粋。ロシアで行ったフィールドワークのもようを紹介する。(全2回の2回目/前回を読む)

写真はイメージ ©AFLO

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ロシアのクマはトラに食われる!?

 海外調査といえば、2012年から始まったロシアでの調査も思い出深い。ロシア沿海州のウラジオストクから700kmほどの場所にあるシホテアリン自然保護区は、ちょうど日本の稚内の対岸あたりにあって、アフリカのセレンゲティやンゴロンゴロと並び多様な食肉目の哺乳類が生息する地域として知られている。そこはオオカミやアムールトラ、アムールヒョウ、そしてヒグマとツキノワグマが暮らしているという世界でも非常に珍しい場所なのだ。

 私がロシアに行ってみようと思ったのは、いつも国際会議にやってくるロシア人の研究者のイヴァン・セオドーキンさんが、「シホテアリンではクマがトラの主食なんだぜ。冬眠しているツキノワグマをトラが引きずり出して食べるんだよ。だから、そこのツキノワグマの冬眠穴は木の高いところにある」

 なんて物騒な話をしているのを聞いたのがきっかけだ。

 クマが食べられてしまうってどういうことだよ!?

 しかも、ヒグマとツキノワグマが同居する場所なんてロシアと北朝鮮にしかないのだ。どうやって住み分けているのか、この目で見てみたいじゃないか。これは行くしかない!

 同じような思いに駆られたクマ研究者は私ひとりではなかった。そして、みんなで力を合わせてロシアでの現地研究プロジェクトが動き出したのであった。

 ところがその準備は予想以上に難航した。何がそんなに大変だったのか。

手続きに時間がかかりすぎて調査開始までに2年経過

 まずは、道具の調達である。もともと、ロシアではクマを捕獲する際には「くくり罠」という道具を使っていた。これは、ワイヤーロープを輪の形にしたものを地面に置き、その先にエサを置くという形式の罠である。エサを食べにきた動物が輪の中に手足を踏み込むと、罠が踏まれてワイヤーが締まる。すると、動物の手足がくくられて動けなくなるのだ。動物をつかまえやすくはあるのだが、時間が経つにつれてワイヤーがどんどん締まっていくので、すぐに外してやらないと動物が傷つきやすい。