「休みが必要なら休むことも仕事として大事かなとは思います」
投打の二刀流という、他者が想像もつかないほどに負担のかかる試合を続け、さらにシーズンほぼ休むことなく出場を続けている大谷翔平(エンゼルス)は16連戦を終えた現地8月9日、休養の必要性を口にした。
休むことも仕事として大事——一般人でも仕事を持つ人なら誰しも感じたことはあるだろう。「現在絶賛夏休み!」という方も、あるいは日々の仕事に追われてうまく休めていない方も、さらにこの猛暑の中でペナントレースを戦い続ける野球選手にとっても、「休み」をうまく取り入れていくことは必要だ。
野球選手にとってはグラウンド上でのプレー同様に、身体の休め方も難しい課題になる。疲労を取ることだけを考えれば積極的な休養がいいのだろうが、パフォーマンスを維持、あるいは上げていこうと思えば鍛えなければいけない。とはいえ、休まないと疲労は蓄積されるばかり……。
高いパフォーマンスには常に疲労が付きまとう。表裏一体と言ってもいい。疲労をコントロールしケガを予防しながら身体のコンディションを維持することには、大谷翔平だけでなく多くの選手が心を砕いている。野球選手にとっては現役を終える時まで続く課題と言っていいだろう。
シーズン終盤、頭の疲労に注意
その「ケガの予防」と「身体能力の向上」、「トレーニング」を専門で行う部門がある。S&C(Strength&Conditioning)と呼ばれる分野だ。選手自身が自覚していない疲労をも把握し、ケガを防いでいく。同時にパフォーマンスの向上に必要な筋力トレーニングやその他のトレーニングの指導をしていく。選手のコンディションを総合的に見る部門だ。
「疲労が蓄積した状態だとケガのリスクが高くなるので、疲労を考慮したトレーニングをしたり、あるいは休ませたり。強化に重点を置ける二軍と、試合に出続けて勝つことが求められる一軍では目的が多少違いますが、選手のコンディションを把握して調整していくのが僕らの仕事です」と話すのは、ライオンズの伊藤和明一軍ヘッドS&Cコーチだ。「1年の中で調子の波はどうしてもあると思うんですが、それを小さくしてあげるのが一軍での仕事ですね」と教えてくれた。
では、波を少なくするポイントは何なのか。「再現性だと思います」と伊藤コーチは続ける。
「シーズン終盤になってくると、身体だけではなく頭が疲れてくるんです。例えば自分では真っすぐ立っていると思っても、実際には真っすぐではない時があって。その状態でピッチングをしても、イメージと実際の動作にはズレが生じてしまう。これを感覚だけで直せるうちはいいんですが、癖がついていたらトレーニングを積むしかありません」
継続的に測っているデータで疲労を可視化するだけでなく、歩き方や立ち姿、表情や言葉からも選手を見る。選手一人ひとりの特徴を知り、いい状態とは何がどう違うのかを見つける。そしてそれを選手に伝えていく。
実際、グラウンド上でも伊藤コーチが選手とコミュニケーションを取る姿をよく見るが、当人に詳しく話を聞くと、ここにひとつ仕事の難しさがあるという。
「『こうしたら良くなる』と思っていても、選手本人がそう思っていないとそれは正解じゃないんです。選手には当然プライドもあるでしょうし、闇雲に正しいことを突き付けてもすべて聞き入れられるわけではなくて。みんな一緒だと思うんですけど、苦手な人に正当なことを言われても入ってこないじゃないですか。大切なのは信頼関係だと思います」
正解を与え続けることだけがすべてではないと、かつて独立リーグでトレーナーをしていた時に学んだ。「あれやれこれやれと正解を押し付けて、一度選手と衝突した」際のことだ。コーチの指摘にハッとさせられた。
「『一応はお前が正しいよ。でもそれは選手にとってベストじゃないかもしれない』と。『だから、白黒はっきりさせずに、グレーの部分があってもいいんじゃないか』という話をされて。それぞれの想いがあるので、その妥協案があってもいいのかなと気付いたんです」。選手の話を聞いて、汲む。本当の意味でのコミュニケーションを学んだ出来事だった。今、この難しさを伊藤コーチは「仕事の醍醐味ですね」と笑う。