1ページ目から読む
2/2ページ目

チームに不可欠な“縁の下の力持ち”

 とはいえ、やはり言うべきことは言わなければいけない。選手の考えが正しくないことだってある。それがケガにつながることなら、伝えなければいけない。

「プロの世界ではケガをしてしまうことが一番よくないと思うんです。それまでどんなに活躍をしていても、ケガをしたら一気に出番がなくなってしまう。その間に出てきた選手が活躍をしてレギュラーを獲って……ということがある世界なので」。言うのも、言わないのも、選手を思うからこそだ。

 そう、ファームでは専門的な内容だけでなく、人間教育的なこともすると話していたのがとても印象深い。誰もがいつかはプロ野球選手を辞めなければいけない時が来る。社会人の常識を知らないまま、社会に出て行ってほしくない。「挨拶とか、時間を守るとか、そういうことからですよ」と苦笑いしながらも、「なぜそうしなきゃいけないかを説明して。それが、次に僕が専門的なことを伝えるときにも素地になる」とかみしめるように話した。

ADVERTISEMENT

 伊藤コーチはナイターの日でも10時半頃に球場入りし、帰宅は24時を過ぎることも多い。天候やグラウンド状態を真っ先に確認し、当日のメニューの調整をする。気の休まる時間もなさそうだが、選手への愛情は大きいですねと問うと「そうじゃないとこの仕事はできないですよ」と伊藤コーチは笑った。ただ「僕がこれをやったからうまくいったとか、そんな風に思うことはないです」と、最後まで自分の功績を誇ることはなかった。

 プロ野球という華やかな世界で、“裏方”にスポットライトが当たることは稀だ。だが、長いペナントレースは表に出てこない多くの人に支えられている。男同士の信頼関係故に、選手から特別な言葉を伝えられたことはないと伊藤コーチは話していたが、ある日、水上由伸に「S&Cコーチの存在は?」と訊いたところ、「大きいですよ。自分ではわからないことも専門でやってくれているので、だいぶ助けられています」と。続けて「感謝しています」と口にした。ハードなプレーを続ける選手の陰に、縁の下の力持ちがいる。

逆転CS出場のキーマン

 少し話は逸れるが、その水上は逆転でCS出場を狙うライオンズにとってのキーマンになると期待したい。プロ2年目の昨シーズンは勝ちパターンの一角として60試合に登板。防御率1.77。35ホールドポイントで平良海馬と最優秀中継ぎのタイトルを分け合い、新人王にも輝いた。しかし今年は出遅れ、開幕こそ一軍で迎えたものの4月10日には登録抹消。肩のコンディション不良もあり、一軍に再昇格するのは7月4日までかかった。

 その水上が、不調の理由として話していたことがある。

「調整の仕方を間違えたかなと思っていて。去年初めて60試合投げて、どういうオフを過ごしたらいいか、正直分からなくて。(去年のオフは)休もうと思って。来シーズンもあるし、と」

 調整の遅れや肩のコンディション不良もあり、一時は三軍も経験した水上だが、一軍再昇格後は中継ぎとして結果を出している。これから登板を重ねる中で状態をさらに上げていくことができれば、ライオンズのブルペンはより強力になるだろう。

 オフの過ごし方に関しては球団OBの髙橋朋己さんや武隈祥太さんにも訊いて、納得のいくものが見つかったと話していたが、プロ3年目、試行錯誤の日々も経験の一つになる。これから続いていく野球選手人生の糧にしない選手ではないはずだ。

 さらに、困ったときには周りにサポートする人がたくさんいる。チーム全員で戦い抜くペナントレースの行方を、最後まで見つめたい。

◆ ◆ ◆

※「文春野球コラム ペナントレース2023」実施中。コラムがおもしろいと思ったらオリジナルサイト http://bunshun.jp/articles/64542 でHITボタンを押してください。

HIT!

この記事を応援したい方は上のボールをクリック。詳細はこちらから。