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海兵隊で学んだこと

 僕がこの映画をつくるうえで考えていたのは、資本主義社会から脱落してしまった人たちをいかに救うか、ということです。そういう人たちを救うシステムが、軍隊にはたしかにあると思う。訓練を通して教官たちが教えてくれたのは、部隊にいる以上、自分の隣にいる者を命をかけて守る義務がある、そのために人は生きなければいけないということでした。こうして僕は、生きる理由を見つけることができたんです。戦争で人々を殺す組織で命の大切さを学ぶなんて皮肉ですよね。実際、僕は今でも当時の訓練で受けた暴力によるPTSDに苦しんでいます。でもあの訓練を通して自分の価値を知り、自らを守る力を身につけたのも事実なんです。

 世界はいま、あらゆる面で二極化しつつある。保守と自由主義が対立し、男性と女性が対立し、また正義とは何かという解釈がますます混乱しています。そういう世界においては、お互いの差異をしっかりと見つめ、主義や信条にかかわらず相手を助けることが何より大切だと思う。それこそが、海兵隊で僕が学んだことでした。

©2022 Oorah Productions LLC.All Rights Reserved.

国境や性別や階級を超えてこの映画が届くといい

――映画の公開後、アメリカでは大きな反響があったと伺いました。監督と同じ立場にあった人たち、特にクィアの人たちからは、どのような言葉をかけられましたか?

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エレガンス・ブラットン 先日、地元で開かれた、黒人のクィアの団体が主催する映画の授賞式に行ったんですが、そこで「この映画は私たちの人生を伝えてくれた。私たちは存在しているんだと伝えてくれてありがとう」と嬉しい言葉をもらいました。

 それと、公開後にはある男性からSNSを通じて長い感謝のメッセージを受け取りました。彼は白人で異性愛者でしたがやはり海軍に入隊した経験があり、フレンチが母親の家に出生証明書を取りにいくシーンを見て、自分の人生がスクリーンに映し出されていると感激したそうです。7年前、この脚本を書き始めたときに、「いつか白人の異性愛者の男性が君の映画に感謝の言葉をかけてくれるよ」と言われても絶対に信じなかったでしょう。国境や性別や階級を超えてこの映画が届くといいなと考えていましたが、実際にそれが起こり、本当に大きな喜びとなりました。

インスペクション ここで生きる ©2022 Oorah Productions LLC.All Rights Reserved.

 それから、ちょっとミーハーになりますが、マーティン・スコセッシやレニー・クラヴィッツ、ジェイ・Zなど、ずっとその作品を見て尊敬してきたアーティストたちから称賛の言葉をもらえたことは、クリエーターとして非常に光栄なことでした。この映画は、想像した以上にいろんなところに自分を連れていってくれました。おかげで、日本のジャーナリストからもこうしてZoomでインタビューを受けられたわけですしね(笑)。

『インスペクション ここで生きる』

 8月4日(金)

 TOHOシネマズ シャンテ、新宿武蔵野館ほか全国公開

 配給:ハピネットファントム・スタジオ