イラク戦争下の2005年、アメリカ。ゲイであることを理由に母親に捨てられ10代から路上生活をしてきた黒人青年フレンチは、人生を立て直すため海兵隊への入隊を決意。教官による過酷なしごきや同僚からの差別に遭いながら、青年は成長を遂げていく。
『インスペクション ここで生きる』は、実際に海兵隊に入隊し映像記録係として映画制作を始めたという異色の経歴を持つエレガンス・ブラットン監督の長編デビュー作。自身の経験をもとに、ひとりの青年の壮絶な体験と成長を描いた本作は、トロント国際映画祭で上映されると大きな反響を呼び、アメリカ国内でも、マーティン・スコセッシなど大物監督らに絶賛された。また暴力や憎悪に立ち向かう青年フレンチを演じたジェレミー・ポープは、第80回ゴールデングローブ賞の主演男優賞にノミネートされた。
僕にとって、新兵訓練はある種の戦闘の場でもあった
――本作は監督の半自伝的な映画だそうですね。監督は、海兵隊員として働くなかで映画作りを始めたそうですが、初の長編を撮るうえで、実戦の場ではなく、その前段階となる新兵訓練の日々にスポットを当てたのはなぜでしょうか?
エレガンス・ブラットン たしかにこの映画の主人公は僕をモデルにしているし、映画のなかで起きることの多くは、僕の実体験を寄せ集めたものです。ただ事実そのものというより、そこで自分が経験した感情的な真実を物語に反映したといった方がいいでしょうね。
軍にいた日々の中でも、訓練期間が一番感情的に鍛えられた時期でした。10年間ホームレスとして過ごしてきて、訓練とその後の試験に通らなければ先には進めない。しくじったら全てを失い元の生活に戻らなければいけない。僕にとって、新兵訓練はある種の戦闘の場でもあったんです。
不安定な心理状態をカメラの揺れによって表現
それと訓練所でのロッカールームでの出来事も重要でした。僕はいわゆるチームスポーツというものをこれまで経験してこなかったし、ゲイであるという理由からも、男性たちが集まり軽口を叩きあうロッカールームのような場所からずっと排除されてきた。それが軍に入った途端、突然マスキュリニティ(男性性)の塊のような場所に足を踏み入れることになった。エレガンスというのは僕の本名ですが、いかにもゲイらしい名前だと、初対面からバカにされましたね。そういう苦悩を表現したくて、訓練の日々をテーマにしたわけです。