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「私に怒りを孕ませてくれてどうもありがとう」——芥川賞贈呈式で市川沙央さんが語ったふたつの“父”なる存在

source : 文藝春秋 電子版オリジナル

genre : エンタメ, 社会, 芥川賞, 読書

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 8月25日、帝国ホテルで第169回芥川賞・直木賞の贈呈式が行われた。コロナ禍では来場者や飲食の制限など大幅な規模の縮小を余儀なくされてきたが、今回は500人以上が来場し、コロナ以前の活気が戻った。

「当事者の作家」がいなかったことを問題視していた

 7月の選考会で第169回芥川龍之介賞の受賞が決まった市川沙央さんの『ハンチバック』(文藝春秋)は、ミオチュブラー・ミオパチーという遺伝性の筋疾患を抱える女性が主人公。中学生の頃に診断を受けて以来30年近く、切開した気管にカニューレを嵌め、コルセットをつけて生活する「私」が語り手だ。

 市川さん自身も同じ病気を抱えており、選考会後の記者会見では、「当事者である(重度障害を抱えた)作家が、これまであまりいなかったことを問題視して書きました」と語った。

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 難病を抱えて生きる女性主人公が社会への怒りをユーモアを交えながら語る作品は、芥川賞受賞を機にさらに注目を集め、発売から2ヵ月で販売部数は早くも20万部を超えている。

受賞スピーチをする市川さん ©文藝春秋

 贈呈式で選考委員を代表して祝辞を述べた川上弘美さんは、「実は、自分が当事者であることを小説に書くのはとても難しいことです。当事者としての実感を描きうるという点では有利なのですけれども、当事者であることがマイナスになることもあります。小説は客観性を必要とします。ところが当事者であればあるほど客観性を持つことが難しくなるからです。『ハンチバック』はこのマイナスの部分を見事に超克していました」

 と作品を称えた。

 この日の市川さんは、白地に赤やピンクの柄が鮮やかなシャツブラウスで登場。電動車椅子で壇上へ上がり、「受賞のことば」を述べた。