よくぞ不登校を選んでくれた
──そして、中学2年の2学期から不登校が始まります。
大原 「学校に行きとうなか……」とレイが言った時は、正直、受け入れることができませんでした。このまま、引きこもりになるのでは、ということも頭をかすめました。世の中との接点が絶たれることが怖くて、不安でした。
いまの学校を辞めて、他の高校を受験するにしても、出席日数が足りないと内申書に影響するわけです。出席率が重要ということが頭をかすめました。とにかく、不登校だけはまずい、という私の思い込みは強かったですね。
今から考えると、よくぞ不登校を選んでくれたとも思うんです。もしかすると、命にかかわることが起こったかもしれない。子供が自分自身を守るために、我慢の限界を超えて、不登校を選んでくれた。それを考えると、救われた思いです。
──本書を読み進むと、レイ君の不登校の背景には、“体罰”がかかわっていることが明らかになります。
大原 私の世代はちょうど校内暴力が盛んだった頃で、子供の暴力を大人が暴力で制することが当たり前でした。今回、学校で体罰があったことが判明しましたが、夫がレイに対して鉄拳制裁をしたことも描いています。やはり体罰が当たり前の環境で育つと、手を上げるハードルが低くなるのかと、女性の立場からは思いました。
──不登校児は全国で24万人にも上ると言われています。不登校全般へのアドバイスをいただけますか?
大原 答えは子供の中にしかないということですね。子供によって全然違う。もしも長男のタケが不登校になったら、支援教室ではなく家庭教師をつけたでしょう。とにかく子供に語ってもらわないと、解決策が見いだせない。親子で話せる空間を家庭のなかで作ることが重要だと思います。そうしないと子供は逃げ場を失ってしまいますから……。
不登校は子供ひとりの力では克服することはできません。今回、学校からの解決法はゼロでした。やはり親が動かない限り、不登校を解決することは無理だと思います。
この3年間、コロナ禍でしたが、オンライン授業はとても良いシステムだと思います。学校に行けなくても、オンラインだったら大丈夫という子供は多いはずです。支援教室のオンライン版ですね。たとえば、メタバース(仮想空間)教室をつくり、他の生徒とも交流できるようにするとか。子供が居場所を選択できるようになれば、救われる子供の数も増えるのではと思います。
大原由軌子(おおはら・ゆきこ)
1970年生まれ。長崎県佐世保市出身。美術系短大卒業後、グラフィックデザイナーとして14年間、都内に勤務。2006年、パニック障害+神経症持ちの夫との日々を描いた『大原さんちのダンナさん このごろ少し神経症』でデビュー。著書に『お父さんは神経症』、『京都ゲイタン物語』、『大原さんちの2才児をあまくみてました』、『大原さんちの食う・寝る・ココロ』、『息子がいじめの加害者に? 大原さんちの大ピンチ』がある。2012年より「まぐまぐ!」からメールマガジン「大原さんちの九州ダイナミック」を配信中。