2020年9月、釧路から関西空港に向かうピーチ・アビエーションの機内でマスクの着用を拒否し、飛行機を強制降機させられた「マスク拒否おじさん」こと奥野淳也氏。奥野氏は2021年1月19日に威力業務妨害などの疑いで大阪府警に逮捕され、1月22日に同罪で起訴された。そして2022年12月、大阪地裁で「懲役2年執行猶予4年」の判決を受け、現在これを全面不服とし大阪高裁に控訴している。
そんな奥野氏が、世間を賑わせた「ピーチ機緊急着陸事件」について綴った著書『マスク狂想曲 2020‐2022年日本 魔女狩りの記録』(徳間書店)を9月1日に上梓した。ここでは、同書より一部を抜粋し、奥野氏の逮捕中に起こっていた出来事を紹介する。(全2回の2回目/1回目から続く)
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留置房では一睡もできず、食事もほとんど取れない状態で取り調べが始まる
車は1時間ほど走り、長い橋にさしかかった。フロントガラスから見えるのは、夜の海、大きな橋、どうやら見覚えがある。4ヶ月前に来たところだ。空港連絡橋をわたって、車はさらに先の関西空港警察署に着いた。署の建物に入ると警察官総出で出迎え。もう午後9時過ぎのことである。それから取調室に通された。
逮捕初日は、「弁録」と呼ばれる短い手続きだけだった。弁護士を頼めるとの告知を受けたので、私は東京の知っている弁護士の名前を言い、電話してくださいと伝えた。その後、留置房に移された。既に消灯時間が過ぎていて、一面暗い。一番手前の房に入るように言われ、そして鍵をかけられた。
「起床────!」看守の大きな声が響き渡った。もう朝である。旅先でもどこでも寝られる私も、この時ばかりは一睡もできなかった。朝食はコッペパンひとつとプラスチックのコップに注がれた酸っぱい紅茶。昨夜はおにぎりだけで空腹だったが、慣れない環境で胃がきりきりしてほとんど食べられなかった。
この日は1日中、取調べだった。1990年代の空港開港時に建てられた警察署は、まだ新しい部類で、刑事ドラマに出てくるような煙草くさい部屋ではなく、モダンな作りだった。朝9時過ぎ、留置房から出され、取調室に連れられた。取調べを行うのは、昨日自宅アパートに来た捜査一課の警察官である。狭い取調室で警察官2人と向かい合うように座らされた。被疑者の私は、腰縄を椅子に括り付けられ、その縄についた錠で二重に椅子に固定されている。ひとりが尋問し、もうひとりは後ろに控え何も話さずひたすらこちらの様子を観察するというスタイルだ。