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まるでディストピア小説のような取り調べ

 逮捕3日目。朝、大阪地検に送検された。「今日は外に行く」と聞かされていたので、持ち込みの白いYシャツに着替えた。関空警察署の前には、朝から多くの報道陣が集まっていた。私が署の建物から外に出ると、一斉にシャッターが切られた。まっすぐカメラのほうを見て、意識して堂々と胸を張って歩いた。私は、何も悪いことはしていない。そして車に乗り込み、警察署を出発した。車が門を出るとき、運転席の前方からフラッシュが光った。私は前を見つめた。

(写真=徳間書店提供)

「こんなにマスコミが来るのも珍しい」車中で護送の警察官が言っていた。取調べは大阪府警本部の捜査一課の警察官が行うが、それ以外の護送や留置は所轄の警察官が担当することになる。関空警察署では、主に外国人事件が多く、メディアを騒がすような事件はほとんどないようである。しかも、新型コロナで海外発着便も途絶え、関西空港が閑散としていると、関空警察署も捕まえる人がいなくて暇であるらしい。ちょうどコロナ第3波で緊急事態宣言が出されている頃だった。

 車は1時間ほど走り、大阪地検の庁舎に到着した。検事が呼ぶまで、駐車場にて待機である。駐車場の入り口にはテレビ局のクルーが1局きていた。車で待機中ずっとこちらにビデオカメラを向けている。「マスコミにずっと撮られてたら、警察官もあくびひとつできなくて大変でしょう」私は横の席の護送員に言った。

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 取調べの時間が来て、個室に連れていかれた。入ると目の前には、社長が座るような大きな木製の机・椅子と、向かい合って被疑者用のパイプ椅子がある。検察権力と被疑者という圧倒的な力関係を示そうとしているのだろうか。私は腰縄と錠で椅子にくくりつけられ、部屋の片隅には見張りの警察官がいる。机の上には大きなディスプレーが置かれ、画面はこちらを向いていた。急に画面がついて、検事の顔が現れた。

 まるでジョージ・オーウェルの『一九八四年』に出てくるビッグブラザーのテレスクリーンのようだ。「新型コロナ感染拡大に伴い、取調べは遠隔で行います」検事が話した。40代くらいの中年太りの男性検事は、画面の中でもマスクをしている。

「検事さんはどこにいるんですか?」私は画面に向かって尋ねた。「それは言えませんが、この建物の別の部屋にいます」。テレワークではなく出勤しているのであれば、対面で直接向き合えばいいのに、ノーマスクの被疑者への特別対応なのだろう。逮捕事実の読み上げがあり、間違いないかと検事は聞く。「現時点では何もお話しすることはありません」「現時点ではお話ししないということであれば、いつかお話しするということですか」「いつかお話しするかどうかもお話ししません」「これ以上お話ししないのであればもう無理ですね。では、取調べを終わります」。

 その後、作成された調書に署名・指印を求めるという手順だ。遠隔操作だと署名・指印はどうするのだろうと思っていたら、紙をもった検察事務官が部屋に入ってきた。意外とアナログなのである。ものの10分ほどで検事取調べは終わった。

 通常であれば、その後検察が勾留請求をして、被疑者は裁判所に連れていかれる。しかし、この日はそのまま関空警察署に帰るという。何があったのか異例だと、車中で護送の警察官もつぶやいていた。