「まず、はじめに聞くけどな、マスクはしないのか?」「しません」。私はきっぱりと言った。「なんでや?」「いや、するはずないでしょう。私がマスク拒否おじさんと巷で呼ばれているのは知っているでしょう。警察に言われて着けるはずないじゃないですか」
名前、生年月日、出生地、父母の名前など、まずは身上関係から取調べが始まった。そして小学校、中学校、高校と成育歴の聴取に進んでいった。どんな病気をしたか、学校での成績はどうだったか、友達はいたか、犯罪の背景を調べたいのだろう。しかし、こちらはそもそも無罪主張である。こんなのに答えても無意味だし、実につまらない。
「これは、くさいなあ」と弁護士が言ったワケ
昼食の1時間をはさんで、午後もずっと取調べは続いた。昼下がり、だんだん眠たくなってきた。途中で私は休憩を求めた。「昨日寝ていないので、もう眠気で答えられないです。コーヒーでも飲めないですか?」。警察官はいらつきを隠さず机をたたいた。スチール机は音がよく響く。「昔やったらな、コーヒーどころか水ぶっかけられてるぞ。今の時代は優しくなったけどな、なめとったこと言うとったらな、お前な」
その後も、取調べは続いた。朦朧として質疑がかみ合わなくなった。「この調子やったら進まへんからな、5分だけ休憩やるわ」。その間に、同じ捜査一課の別の警察官が部屋に入ってきて、押収品を返すための還付請書の手続きをしたいと言ってきた。結局、休憩はとれなかった。取調べが再開された。「客観的なとこから行こな」警察官が矢継ぎ早に質問を浴びせてくる。はいともいいえとも、このような所でいい加減なことは言えない。「弁護士さんが来たぞ」。そこで取調べは一時中断になり、私は接見室に移った。午後4時くらいだった。やっと解放された。
アクリル板の真ん中に、会話する部分だけ小さな穴がいくつか開いている。私は接見室に弁護士が入ってきたのを見て、立ち上がって一礼した。私が連絡するよう頼んだ東京の弁護士が派遣してくれた人で、大阪で刑事事件を専門に手掛けている弁護士のようである。「逮捕状にはどういうことが書いてありましたか?」。私は覚えている限りで文面を述べた。「これは、くさいなあ」弁護士は言った。「相手側の主張だけなので大げさに言っている可能性が十分ある」。私はようやく味方ができたと思った。「先生、相手方は全治2週間の捻挫の診断書もとってきているようです」「全治2週間というのが怪しいなぁ。捻挫なんていくらでも書けますから」。
その後、身の上や今の生活のことなどを話した。「まずは勾留を争いましょう。明日、検察庁に行くと思うのでそこがひとつの山場です。今からメモしてください」。私は警察支給のボールペンをとりだしメモをとろうとした。自傷防止用にペン先がほとんど出ないように細工が施されている。「すみません、ペンが出にくくてメモが遅くなって……」「これはひどいなあ。ボールペンも書きにくいでしょう。私は今すぐにでもあなたをここから出してあげたい」