「死を看取る犬たちと人間との絆」を描いた『犬が看取り、猫がおくる、しあわせのホーム』(光文社)より一部抜粋。子犬を乗せた車椅子を押すことで神経系の難病が劇的に改善した奇跡をご紹介する。(全2回の2回目/前編を読む)
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神経系の難病で手足が動かせなくなり入居
この項目の前までは、僕が実際にふれあった犬や猫のこと(震災犬はその写真)絡みで書いてきたが、ここからの5つの話は、すでに他界した犬と猫のことを綴つづる。会えてはいない犬と猫と人にまつわる、心打つ、心あたたまる話が、「さくらの里」開所から11年間でたくさんあり、それを少しでも残しておきたいから。
まず最初は、キャバリアの「ナナ」について。2016年10月に、79歳の榊原圭子さんと同伴入居してきた。この時、ナナはまだ3歳。つまり、榊原さんは高齢になって犬を飼い始めたということだ。その問題についてはいろいろな意見がある。
愛犬家・愛猫家ならば、ある程度年をとれば誰しも考えるはず。「何歳まで世話ができるだろう」「今いる子が、あるいは次に飼い始める子が、最後だろう」とか。
70代前半で神経系の難病にかかった榊原さん。何代にもわたってキャバリアを飼ってきていたが、70代半ばで先代の子を亡くした時、もう飼うことはないと決めていた……はずだった。高齢になり病気を抱えながら犬を飼うのは無責任だと頭ではよくわかっていた。しかし、ご主人を亡くして一人暮らしになると、孤独に耐えられず我慢の限界を超えてしまったという。その後はナナと2人で楽しく暮らしたが、3年後、手足が自由に動かせなくなり入居に至った。
「さくらの里」に入った榊原さんは、痛みを伴うリハビリを続ける。車椅子を押してホームの長い廊下を行き来するのだが、その椅子にはいつもナナが座っていた。顔を見つめ合って、痛みを乗り越えてゆく。「この病気で、これほど長いあいだ動くことができた人は見たことがない」と主治医が驚くほどのがんばりようだった。
榊原さんの死後、ナナはホームの子に
こうして奇跡の回復を見せ、海辺のレストラン、ショッピングセンターなどに2人で外出するまでに。しかし限界は訪れる。2019年11月、最期までの数日間、ベッドで寄り添っていたナナに看取られ、微笑みを浮かべて榊原さんは旅立った。
この時、榊原さんの娘さんは大いに悩んだ。ナナを引き取りたい、けれど、ナナにとってここで暮らしていくほうがいいのかもしれないとも考えて。そうして母亡きあとも1ヶ月間「さくらの里」に通って決断。ナナはホームの子となった。
それから2年過ぎた2022年1月、ナナは突然パタリと倒れ、8歳の若さで天に召された。キャバリアは心臓病になりやすく、ナナの病状もそうだった。
職員たちのショックは大きく、ナナの葬儀ではみんな泣き崩れた。「心臓病で長く苦しまないように母が呼んだのかもしれません」。娘さんの言葉が深く沁みる。