阿部慎之助さんという人に、どんなイメージがありますか?

 怒った表情で澤村拓一さんをポカリと叩く姿、大学生に負けた2軍の選手たちに罰走を科す姿……。若手時代は陽気なイメージがあったかもしれませんが、今はどちらかというと「怖い人」というイメージが強いのではないでしょうか。

 僕は現役時代に222試合に登板させてもらいましたが、その半分以上は阿部さんとバッテリーを組んだはずです。そんな僕の視点から、阿部さんの“真の姿”について書かせてもらいます。

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現役時代の筆者・田原誠次(左)と阿部慎之助 ©時事通信社

阿部慎之助はなぜ怖いのか

 まず、僕が抱く阿部さんのイメージは「怖い」。これに尽きます。

 チーム内で絶対的な存在でしたし、阿部さんに怒られている同僚の姿も見てきました。僕は阿部さんとバッテリーを組むたび、「なるべく怒られないようにしよう」と考えて行動してきました。

 プロ野球界にいるのは、常に勝ち気でガツガツしている肉食動物ばかりではありません。僕のように人見知りで、何かにおびえている草食動物のような人間もいます。

 草食動物の目が顔の横についているのは、広い範囲を見渡して敵から身を守るためと言われています。現役時代の僕も、絶えず危険を回避するためにセンサーを働かせていました。9年間のプロ野球生活のなかで、阿部さんに1回も怒られなかったのはひそかな自慢です。

 阿部さんと接するなかで、「こうすれば怒られない」というラインが次第にわかってきました。阿部さんは打たれたからといって、結果を責める人ではありません。怒られていたのは、決まってチームのためにプレーできていない人でした。

 たとえば、当時の巨人で阿部さんに怒られていたのは澤村さんや高木勇人あたりなのですが、マウンド上で「自分のことで手いっぱい」になってしまうことがよくありました。試合の展開、状況を見て、この場面ではこうやって戦おう。そう考え抜いて阿部さんが出したサインに、頭が真っ白になっている投手が首を振る。そんな時、阿部さんは「野球は個人種目じゃないんだ」と怒っていました。

 例の「ポカリ事件」にしても、大事な試合でサインを見落とした澤村さんが悪いと僕は思います。大観衆の前で叩くべきではなかったという指摘もわかりますが、生きるか死ぬかの瀬戸際にいると言葉だけでは通じない場面もあります。阿部さんが「シャキッとしろよ」とカツを入れたことで、それまでフワフワしていた澤村さんは平常心を取り戻しました。

 阿部さんは積極的に若手に意見を求めてくる人でもありました。神宮球場でのビジターゲームの時、若手は試合後に駐車場でストレッチすることが多いのですが、阿部さんは駐車場まで来て僕に話しかけてきました。

「おまえさ、右バッターのインコースにシンカー投げられないの?」

 僕はせっかく阿部さんに話しかけてもらったこともあり、「前から言おうと思っていたんですけど……」と意見させてもらいました。

「右バッターは僕に対して『インコースのストレートとアウトコースのスライダー』というイメージを持っているでしょうから、当たりにこられたらインコースが消えてしまう気がして……。だから右バッターのヒザ元に投げる変化球がほしいんですよね。左ピッチャーが右バッターのヒザ元にスライダーを投げ込むようなイメージで」

 すると、阿部さんは「おぉ、じゃあ今度の試合で投げてみたら? サイン出すから」と言ってくれました。それから右打者のヒザ元にシンカーを投げるようになり、僕の野球人生にとっても大きなターニングポイントになりました。

 ある日の中日戦、トニ・ブランコを打席に迎えて阿部さんからヒザ元へのシンカーのサインが出ました。なんとか空振り三振をとりたい場面でした。

 ところが、いいところに落ちたシンカーをブランコに完璧にとらえられました。僕の体感では30秒くらい空に舞い上がった、逆風をものともしない特大ホームラン。この時ばかりはさすがに「阿部さんに怒られるかな」と身構えていましたが、試合後に阿部さんは僕に向かってこう言いました。

「ゴメン、俺が悪い。打ち取れると思ったんだけどね。これも勉強だな」

 打たれた僕としては、救われる一言でした。

 阿部さんが打者としてサイドスローと対戦する前には、「こういう時はどういうボール投げるの?」と意見を聞きにくることもありました。

「左バッターには引っ張られたくないので、1球目からアウトコースに勝負球を投げてくるんじゃないですか?」

 そう伝えると、阿部さんは初球から軽々と左中間にホームランを打って、「ありがと~!」と言ってくれました。明らかに格下の人間の意見も取り入れて、力に換える。それもまた、阿部さんの一面なのです。

 たしかに阿部さんは怖いです。でも、関係性ができている人間にとっては、「やさしさの詰まった怖さ」。仮に怒られたとしても、「もっといい選手になってほしい」という阿部さんなりのエールなのです。