「今日は恵太をめちゃくちゃ応援しよう」
また、8月15日の雨の神宮球場も心に鮮明に残っています。あの日は台風が来るかもしれないという予報でした。試合前は降っていなかった雨も途中から大雨になり、何度も試合が中断していました。もう帰った方がいいのかなと思うくらい、カバンの中身も何もかも濡れてしまうぐらいの雨でした。でも同行していた大洋時代からの横浜ファンの友達が「いや、最後までここにいよう。帰らない」って言いました。
というのもその時期、佐野選手の調子がなかなか上がらなくて、打てない状況が続いていたんです。ファンもみんなそれを心配している様子が、球場のいろんなところから会話として聞こえてくるほどでした。でもその友達が、「今日も彼はすごい重圧を背負ってるはずだから、今日は恵太をめちゃくちゃ応援しよう」って言って。佐野選手が打席に立った時、後ろに座っていた人から「恵太、一人じゃないぞ! 俺たちがついてるぞ!」という声があって、本当応援ってあったかいなと思いました。
そしたらホームランを打った。あの時、周りのベイスターズファンは泣いて喜んでいました。ファンもまた、佐野選手の苦悩を一緒に味わっていたんだと思います。勝ち試合を見れて嬉しいということ以上に、佐野選手が自分自身との戦いに勝った瞬間をみんな喜んだんじゃないかと思います。
私たちアーティストの抱えるプレッシャーとは全く質の違う、勝ち負けという重圧をアスリートの皆さんは抱えていると思います。勝負の世界は数字であり、自分の成績はリアルに自分自身が一番感じていると思います。そんなことを思いながら私は、あの神宮球場で「恵太!!」と叫びすぎて、翌日声を枯らしてしまい「球場での声出し禁止」とスタッフに散々怒られました。同行したその友だちも声の仕事をしているのですが、「二人してプロなのに、ベイスターズの応援で叫びすぎて、喉枯らしたらいけないね」と反省したのも、今となっては2023年の夏の良い思い出です。
自分が誰かを応援するようになって気づかされたこと
最後に、もう一つ。9月30日の佐野選手が途中退場した神宮球場での試合も印象的でした。私は球場にいましたが、一体何が起きたのかわからなくて、現地は「どうしたんだろう?」とザワザワしていました。そして翌日、骨折していることを報道で知りました。
このように、その時に何が起きてるかは、外からは決して分からない。もしかしたら、心配していた夏から手の調子が悪かったのかな?と思ったりして、初めてそこでその人の立場で考えることができる。
だからこそ負けて悔しくても、批判ではなく応援したいなと思います。私も表に立つ人間で、心身、日々色々なことがあります。でも私が今、何を抱え、何にチャレンジしているのかを世の中の人が知るのは、随分先の未来だったりします。だけど「あの大変そうな時は実はこういうことだったんだね」っていつか分かる。きっとその時期が来るから、日々やるべきことを頑張るしかないんだと思っています。
私もファンの方々に応援してもらってここまで来ているわけですが、応援の声というのは本当に強い力で、自分の出せる力以上のものを引き出す魔法です。でも野球を見るようになって、自分が誰かを応援するようになって気づかされたのは、応援している自分もその強力な力をもらっているということです。私は応援が魔法であるかぎり、野球観戦とベイスターズファンはやめられないなと思っています。
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