主人公のウツパンがうつ病であると自覚したのは、大学2年生の時のこと。脳がぼやける、ミスばかり、なにもかもが悲しい、眠れない――そんなある日、目が覚めると28時間が経っていた。トイレにも飲食にも起き上がることができない。そのまま1日が経ち、3日が経ち、1週間が経ってしまった。

 鏡に映るのは、げっそりと痩せた自分の姿。さすがにまずいと思い、精神科に手当たり次第電話してみるが、「初診の予約は1か月後」という答えが返ってきた。「なぜこんなにも助けを求めるのが難しいんだろう」と途方にくれるウツパンは、それ以降「死にたい」という気持ちに振り回され続けることになるのだが……。

©有賀/新潮社

ウツパン 消えてしまいたくて、たまらない』(有賀 著)は、著者の実体験をもとに希死念慮と共に生きる日々をリアルに描いたコミックエッセイ。新潮社のウェブサイト「くらげバンチ」で連載され、累計180万PVを突破した話題作だ。

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なぜ「パンダ」なのか

 写実的な背景や周囲の人々のなかで、異質に映るウツパンの姿。なぜ主人公を描くにあたり「パンダ」を選択したのか。

「著者の有賀さんは元々パンダ好きなのですが、うつ病が発症して不眠に悩んでいた頃、目の下にくまができてパンダのような表情をしていたそうです。そこから連想して、主人公の姿が決まりました。また、パンダゆえに寡黙で、作中で発するセリフは1つだけ。内心では色々なことを考えているのに言葉にして伝えられない。物言わぬパンダは、そんな著者の性格ともリンクしていると思います」(担当編集者の千矢真理子さん)

 本作は和光大学教授の末木新さんをはじめ、3名の自殺予防の専門家が監修している。

「自殺に関する報道に影響を受けて自ら命を絶つ人が増える現象を“ウェルテル効果”と言いますが、本作では専門家の方々に助言をいただきながら、模倣自殺を誘発する可能性がある描写を徹底的に排除しました。自死を踏みとどまった人の体験談が抑止につながる“パパゲーノ効果”という現象もあり、そんな一冊になれたら嬉しいです」(同前)

©有賀/新潮社

「死にたい」気持ちとの決別

 物語の中盤で、ウツパンは命を絶つため薬物の大量摂取を試みる。途中で猛烈な後悔に襲われ知人に電話をかけるが、どうしても「助けて」の一言が出てこない。そんなウツパンはいかにして「死にたい」気持ちと決別したのか。

「本作には自殺企図(自殺を目的とした行為)の描写があるので、つらいと感じたら読み進めるのを止めてください。その一方で、自分や周囲の人たちがやるせない気持ちを抱えているときに、その感情への理解を深めるきっかけにもなるはずです。そんな風に読んでいただけたら、この上ない喜びです」(同前)