「徘徊」という取材方法
高野 話を聞くのも、書くのも、何よりブリコラージュでやったほうが圧倒的に楽しいんですよね。カオスな場では、かっちりインタビューをして話を聞こうとしたって、相手の頭の中がクリアに言語化されているわけでもないし、本質を語ってくれるとも限らない。その昔、早逝したノンフィクション作家の井田真木子さんが「自分の取材方法は徘徊だ」と言っていて、当時は「意味がわかんない」と思っていたけど、ずいぶん経ってから、僕も同じ方法だと気づいたんですね。取材する相手のまわりを、うだうだと徘徊している(笑)。
うだうだ感ってすごく大事で、友達や家族とはとくに用がなくても一緒にいるじゃないですか。つまらないことで喧嘩したり、小言をいったりしながら。そういう時間のなかに溶け込んではじめて、そこにある世界観が描ける気がするんですね。
東畑 それは日常ですね。高野ワールドの魅力は日常性なのかもしれない。イラクという謎を解くために、高野さんがそこで日常を営む。すると、その日常にこそ謎の答えがある。これはよく考えると、人類学のフィールドワークの基本であり、奥義だと思いました。今日は貴重な創作術をお聞きできて、とても刺激的でした。
高野 こちらこそ、ありがとうございました。
高野秀行(たかの・ひでゆき)
ノンフィクション作家。1966年東京都生まれ。ポリシーは「誰も行かないところへ行き、誰もやらないことをし、誰も書かない本を書く」。『幻獣ムベンベを追え』(集英社文庫)でデビュー。『ワセダ三畳青春記』(集英社文庫)で酒飲み書店員大賞、『謎の独立国家ソマリランド』(集英社文庫)で講談社ノンフィクション賞等を受賞。他の著書に『辺境メシ』(文春文庫)、『幻のアフリカ納豆を追え!』(新潮社)、『語学の天才まで1億光年』(集英社インターナショナル)などがある。
東畑開人(とうはた・かいと)
臨床心理士。1983年東京生まれ。専門は、臨床心理学・精神分析・医療人類学。京都大学教育学部卒業、京都大学大学院教育学研究科博士後期課程修了。精神科クリニックでの勤務、十文字学園女子大学准教授などを経て、現在、白金高輪カウンセリングルーム主宰。著書に『日本のありふれた心理療法』(誠信書房)、『心はどこへ消えた?』(文藝春秋)、『聞く技術 聞いてもらう技術』(ちくま新書)など。『居るのはつらいよ』(医学書院)で第19回(2019年)大佛次郎論壇賞受賞、紀伊國屋じんぶん大賞2020大賞受賞。